なぜ、世界の経営者たちは「禅」や「道」に夢中になるのか

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争いや暴力のなかで生まれた哲学

これらセッションからの重要な学びは、日本文化がもつ思想や哲学が、今をよりよく生きるための「代替的な指針」として有用である点だ。禅は自己マネジメント、生け花は組織やチームのあり方、合気道は事業や社会における自他共栄、日本酒づくりは社会環境との共生というように、実はミクロからマクロまでを包摂している。つまり日本文化は、自己の生き方から社会や世の中、宇宙のあり方までを通貫してとらえることができる考え方のフルパッケージとも言えるのだ。

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世界の経営者層は日々私的な悩みから事業課題、そして自社の社会的意義や地球規模の問題まで、さまざまなレイヤーの悩みを抱え、決断を迫られている。日本文化がこれほど注目されるようになったのは、世界でビジネスを発展させてきたこれまでの西洋のロジックに疲れや行き詰まりを感じていた人々が希求するものだったからではないか。

日本文化を貫く思想は、絶え間ない競争や変化、理不尽や孤立に満ちた時代において、戦ったり蹴落としたりする以外にも生き抜ける方法があると彼らに示している。そして、茶道や華道、そして合気道などの文化はどれも身体性を伴う体験だ。バーチャルなやりとりに溢れる日々では、どうしても身体性の欠如を感じやすい。こうした体験は、忘れかけていた人間らしさを思い出させてくれ、違う角度のインスピレーションを与えてくれる。そのような部分が彼らの心に深く影響を及ぼし、「感化」していくのではないか。

日本文化が培ってきたこうした考え方は、決して机上の空論でも美辞麗句でもない。戦国時代など暴力や争い、理不尽が続く混乱のなかで、苦汁をなめたり土にまみれたり血を流したりしながら生み出されたものである。まるで泥水に咲く睡蓮のように、先人たちの葛藤や工夫の末に磨かれ洗練されてきたものであることもまた、大きな説得力になっているのかもしれない。

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今回のセッションでは、講師と参加者が体験した内容を踏まえて対話を行うことで、より理解と意義を深めることができた。「文化」そのものも、時代によって解釈・編集を繰り返し、どんどん変化し淘汰されていくべきものだと思う。今を生きる人々にとって必要なものにこそ、新たな経済需要が生まれるのだ。

(c)Takuya Sogawa
高津尚志|IMD北東アジア代表 (c)Takuya Sogawa

たかつ・なおし◎IMDビジネススクールの北東アジア代表。日本興業銀行、ボストンコンサルティンググループ、リクルートなどを経て現職。主に日本企業のグローバル経営幹部育成の支援に従事している。

構成=三ツ井香菜、松﨑美和子

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