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2025.10.22 12:00

​​スヌープ・ドッグも虜にした「チキンフィンガー帝国」 資産3.3兆円創業者の軌跡

レイジング・ケインズ・チキンフィンガーズ 創業者 兼 CEOトッド・グレイブズ(Matt Winkelmeyer / Getty Images)

グレイブスのファストフード戦略は、他社とは一線を画す。大半のチェーンが幅広いニーズに応えるため豊富なメニューを揃え、映画とのタイアップや期間限定セットで顧客の関心を引くなか、彼は創業以来、メニューを一切変更していない。レイジング・ケインズの食事メニューは、チキンフィンガー、クリンクルフライ、コールスロー、テキサストースト、そして一種類のディップソースの5品のみで、デザートもサラダもない。2007年にレモネードを追加して以来、新メニューは導入していない。友人や家族、銀行、顧客からは何度も品揃えを増やすよう勧められたが、グレイブスの答えはいつも「検討してみる」と素っ気ない。「我々はチキンフィンガーに専念し、どこよりも美味しいものを提供する」と彼は言う。「万人受けを狙っては、特別な存在にはなれない」というのが彼の揺るぎない信条だ。

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グレイブスを知る者は、彼を「細部にこだわる」「情熱的」「何でも管理したがる」と評する。「私は細かいところまで目を配るタイプだ」と、漆黒のポロシャツに淡色ジーンズ、白いスニーカーという精悍な装いの彼は語った。業界では多くの競合が、ウォール街の金融会社に事業を売却している。サブウェイはロアーク・キャピタルに90億ドル(約1兆3700億円)超で、ジャージー・マイクス・サブスはブラックストーンに負債込みで80億ドル(約1兆2200億円)で、さらにレイジング・ケインズのライバル、ザックスビーズはゴールドマン・サックスに約20億ドル(約3040億円)で譲渡された。しかし、グレイブス自身に事業売却の選択肢はない。今もレイジング・ケインズのマーケティングキャンペーンの多くを自ら企画し、子ども向けメニューのおもちゃの内容も確認する。さらには、各店舗の壁に掛けられた装飾品一つひとつに至るまでチェックしている。

グレイブスの事業への執着は、確実に実を結んだ。彼はレイジング・ケインズの株式の92%を保有し、その資産額は220億ドル(約3兆3000億円)に達する。いまや彼は米国で最も裕福なレストラン経営者となり、今年の米長者番付『フォーブス400』では46位にランクインし、ジェリー・ジョーンズ(NFLダラス・カウボーイズのオーナー)やルパート・マードック(メディア王として知られる実業家)と肩を並べる。「夢のような生活だ」と語る彼は、近くにある敷地面積465平方メートルのゲストハウスを案内してくれた。この家は、NFLのスター選手らに貸し出しているという。次に紹介された建設費40万ドル(約6000万円)の豪華なツリーハウスは、彼が熱狂的ファンであるシャキール・オニールやスヌープ・ドッグらセレブと過ごす特別な場所だ。「まさに夢のような生活だ」と、彼は再び言った。

第一号店から角を曲がると、まるで時間をさかのぼったかのような、目立たない二階建ての建物が佇んでいる。二階のアパートの一室には、パナソニック製のVHSデッキと古いテレビがあり、安価な机の上には角ばったベージュ色のパソコンが置かれ、フロッピーディスクが散乱し、カウンターにはビールケースが並んでいる。これは、1990年代後半の風景を忠実に再現したものだ。当時、グレイブスはこのアパートに引っ越し、事業拡大に伴い本部として使用した。ベッドを隅に押しやり、机を増設することで業務スペースを確保したという。2016年に彼はこの建物を購入し、今ではレストランのマネージャーや本部スタッフをここに招き、ブランドの歴史や、粘り強く事業に取り組む姿勢を学ばせている。「会社にとって歴史は何より大切だ。ここが我々の出発点であり、ルーツなのだ」と、彼は語る。

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編集=朝香実

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