免疫システムは中央司令塔を持たず「自律する」
免疫とは、ウイルスや細菌などの外敵から“自己”を守る仕組みだ。
異物が体内に侵入すると、白血球やマクロファージ、キラーT細胞などの免疫細胞たちが働き、それを検知し、排除しようとする。この戦いのような働きは、人気の漫画『はたらく細胞』(講談社)にもいきいきと描かれている。ちなみに、制御性T細胞(Treg)はクールな美人キャラとして登場する。
漫画は楽しいのでぜひ読んでほしいのだが、免疫の本質は「自己」と「非自己」の戦いだけではない。免疫システムは、敵味方を明確に分ける中央司令塔を持たない。細胞たちはそれぞれ自律的に活動し、互いに調整し合いながら全体の秩序を保っている。
その象徴が“免疫寛容”と呼ばれる働きだ。たとえば臓器移植が難しいのは、移植された臓器が“外敵”とみなされてしまうからだが、妊婦の体内で育つ胎児は「非自己」でありながら攻撃されない。母親にとって父親由来の遺伝子を持つ「異物」であるはずの胎児が体の中で育つことができるのは、この"免疫寛容"のシステムのおかげと言われているのだ。
だが、がん細胞はこの免疫寛容の性質を逆手に取り、制御性T細胞の働きを利用して免疫の監視から逃れることがある。
こうした免疫の世界に、単純な敵味方の構図はない。「自己」と「非自己」の境界はあいまいであり、逆に言えば、誰もが「自己」を見失って“自己免疫疾患”を発症する可能性を秘めている。免疫とは、ひとつの体の中で細胞たちが生きていく折り合いの知恵であり、その微妙なバランスの上に、私たちの生命は成り立っている。
「10円ハゲ」も自己免疫疾患?!
免疫は、きわめて精緻なバランスの上に成り立っている。その繊細な免疫の働きを制御し、ブレーキ役を果たしているのが、坂口氏が発見した制御性T細胞(Treg)だ。
ブレーキが壊れてしまったらどうなるのか。
免疫は暴走を始める。そうすると、まるで“味方同士が戦う内戦”のような状態を引き起こす。自分の体の細胞を敵とみなし、攻撃しはじめるのだ――これが「自己免疫疾患」である。
関節リウマチ、1型糖尿病、潰瘍性大腸炎、全身性エリテマトーデス(SLE)などはその代表例だ。いずれも免疫システムが誤作動を起こし、本来守るべき自己組織を破壊してしまう病気である。身近なところでは「10円ハゲ」も自己免疫疾患の一種だ。一部の毛母細胞を敵と勘違いした免疫細胞が攻撃してしまう結果だ。
坂口氏の研究によって、こうした疾患の背後にはTregの機能低下や数の減少が関係していることが明らかになった。
Tregはいわば“免疫の学級委員”のような存在である。同じT細胞の一種であるキラーT細胞など攻撃的な免疫細胞に「落ち着け」と声をかけ、暴走を抑える。しかし、その制御が効かなくなれば、免疫は際限なく暴れ出す。コロナ禍で耳にした「サイトカインストーム」という症状は、免疫細胞が過剰に活性化し、正常な細胞までも攻撃してしまう状態を指す。
つまりTregの働きとは、免疫が暴走して自己破壊するのを防ぐ、最後の理性なのだ。だが一方で、このブレーキが強くかかりすぎたとき――免疫の力が抑え込まれすぎたとき、今度は別の問題が起こる。がんである。


