サイエンス

2025.11.05 15:15

量子技術の国際競争、慶應 伊藤公平塾長が強調する「実装志向と連携」の重要性

伊藤公平慶應義塾長(学校法人慶應義塾理事長 兼 慶應義塾大学長)

日本の読者への示唆 ― 「孤立」から「共創」へ

Brunswick Reviewのインタビュー記事で紹介された慶應義塾大学量子コンピューティングセンターの取り組みは、日本がこれからの時代を勝ち抜くためのヒントに満ちている。それは単なる技術論ではなく、日本と日本企業が新しい分野に参入し、確立し、世界の中で存在感を示し続けるための指針でもある。以下の三つの視点は、その鍵を示している。

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Brunswick Reviewより
Illustration: David Plunkert

1. 課題解決の発想を持つこと

同センターでは、論文や基礎研究の成果を社会に活かすという「実装志向」が徹底されている。研究を目的化せず、現実の産業課題を明確に定義し、それを解決するための技術を磨く。だからこそ、メガバンクなど企業から研究者を多数受け入れ、実際の金融最適化やシミュレーション課題に取り組んでいる。
企業経営においても同じ発想が求められる。新規事業やR&Dを進める際、単に「技術を持つ」ことではなく、「どの社会的・産業的課題をどう解くのか」を常に明確にしなければならない。量子技術のような先端分野ほど、課題設定力が競争優位の源泉になる。

2. 異質なものとの連携を恐れないこと

慶應の量子コンピューティングセンターでは、競合同士である銀行が同じ研究室に研究者を送り、共通の課題を協働で解決している。さらに、大学という場に企業の研究者を常駐させることで、ビジネスのスピード感とアカデミアの探究力が融合し、成果創出のサイクルが加速している。
このアプローチは、日本企業にとって大きな示唆を与える。異なる業界、異なる文化、時に利害が相反する相手とであっても、共通目的が明確であれば、協働は強力な結果をもたらす。競合や行政、スタートアップとの連携を“特例”ではなく“日常”にすることが、イノベーションを持続させる鍵となる。

3. 対話にオープンな場をつくること

各社が研究成果を共有し、新しい知を生み出している背景には、慶應義塾大学という「共創の場」がある。伊藤塾長が大学の枠を超えて企業や研究者をつなぎ、自由に議論できる環境を整えたことで、学術・産業・政策の交点に新しい知が生まれた。
この「場の力」は企業活動にも通じる。異質なもの同士が安心して意見を交わせる空間がなければ、連携は形だけで終わる。経営者やリーダーは、部署や立場を超えて対話が生まれる構造を設計する必要がある。共創の起点は、制度ではなく“対話の文化”にある。

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おわりに

量子コンピュータの実用化はまだ道半ばにある。しかし、5年後、10年後にその技術的優位性が明確になったとき、すでに実装と連携の経験を積んでいる国や企業こそが、新しい時代をリードしているはずだ。量子という新たな技術フロンティアにおいて、日本が「孤立」ではなく「共創」の道を歩むことを願ってやまない。また、Forbes Japan Digitalの読者の皆さまにとって、「課題解決」「異質な協働」「対話の場づくり」という三つの実践は、日本の未来戦略を形づくる羅針盤となることを願う。

今回ご紹介したインタビューの全文はBrunswick Reviewに掲載されている。また、日本語のホームページはBrunswickの東京のページに掲載した。ぜひご一読いただきたい。

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