中国とロシアは、過去10年間で世界最大級とも言える天然ガス取引で合意した。中国・天津で開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議で、同国の習金平国家主席とロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、天然ガスパイプライン「シベリアの力2」の敷設に関する覚書を結んだ。同プロジェクトの交渉は敷設費用やガス価格などを巡り、長年にわたって停滞していた。
両国の交渉が行き詰まる中、米国をはじめとする多くの天然ガス輸出国は、世界最大の輸入国である中国を有望な市場と見なし、新たなガス輸出施設を建設するなど大規模な投資を推進してきた。それゆえに、中露の合意は業界に衝撃を与えた。
中国とロシアの取引の詳細についてはまだ詰められていないが、その意図の一部は明らかだ。同パイプラインはロシアの戦時経済を助け、両国の強固な絆の証となるだろう。一方の中国にとっては、これは西側諸国に対する明確なメッセージだ。同国はロシア産天然資源の輸入に対する欧米の制裁を拒否する姿勢を示している。それどころか、米国産化石燃料の「優位性」を拡大したいというドナルド・トランプ米大統領の願望を妨げることさえいとわない。
「シベリアの力2」の影響は米国だけにとどまらない
国際エネルギー機関(IEA)は、2025~30年の間に世界全体で液化天然ガス(LNG)の輸出能力が最大で3000億立方メートル拡大すると予測している。その規模は膨大で、欧州連合(EU)全体の昨年の天然ガス消費量とほぼ同等だ。
新規設備容量の約半分は、世界最大のLNG輸出国である米国に建設される予定だ。残りは、カナダ、カタール、マレーシア、モザンビーク、メキシコ、アルゼンチン、セネガル、ナイジェリアなど、既に中国への輸出国であるか、今後数年間で同国への輸出を開始する計画を持つ国々だ。
この新たなLNG輸出施設建設の背景には、主に石炭の代替燃料として、二酸化炭素排出量の少ない天然ガスに対する世界的な需要の増加がある。中国の天然ガス需要は年間約800億立方メートルと世界最大で、LNG輸出国は同国に注目している。
だが、中国のような大規模消費国にとって、パイプラインガスにはLNGと比べて複数の利点がある。まず、パイプラインガスはLNGよりはるかに安く、価格が制御可能であるため、LNG市場の価格変動を回避することができる点だ。また、パナマ運河やスエズ運河、ホルムズ海峡といった難所を通過し、数万キロに及ぶLNGの海上輸送には懸念がある。
しかし、ここで最も重要な点は、パイプラインによる大量供給が新たなLNG輸出施設の経済性を弱め、世界のLNG市場を圧迫するだろうということだ。これはとりわけ米国に当てはまる。こうした施設は資本集約度が高く、市場需要の変化に敏感だ。「シベリアの力2」パイプラインの年間輸送能力は500億立方メートルに達し、その半分の容量で稼働させたとしても、中国のLNG総輸入量の少なくとも3分の1を代替できる可能性がある。
「シベリアの力2」を巡る中国とロシアの綱引き
ロシアが「シベリアの力2」の実現を切望してきたというのは、控えめな表現だ。同国はウクライナ侵攻開始以降、失った欧州市場の穴を埋めるのに躍起になっている。だが、「シベリアの力2」はこの問題を解決しない。むしろ、解決には程遠い。しかし、同パイプラインはロシア北極圏ヤマル半島産の天然ガスを輸出する重要なルートになり得るのだ。同半島はロシアが手掛ける最大の新規プロジェクトだが、同国は欧米の制裁に伴い、LNGを出荷するための北極海航路を航行可能な砕氷船の不足に悩まされてきた。



