宇宙

2025.11.20 15:15

スティーヴン・ホーキングの愛弟子が説く「過去が洋梨の形をしている」理由

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以下、話題書『宇宙・時間・生命はどのように始まったのか?:ホーキング「最終理論」の先にある世界』(トマス・ハートッホ著、水谷淳 訳、NewsPicksパブリッシング刊)から一部編集の上引用する。

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著者は、車いすの宇宙物理学者スティーヴン・ホーキング(2018年没)の20年来の愛弟子であり、「ホーキング最終論文」の共著者でもある天才物理学者。師からの「最後の宿題」に応えるべく、未完に終わった研究を引き継ぎ、究極のビッグ・クエスチョンに挑む━━。

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過去は「洋梨」の形をしている

もしもスティーヴンがその54年後もまだ生きていたら、ペンローズとともにおこなった時間の始まりと終わりに関するまぎれもなく重要な研究によって、2020年のノーベル物理学賞を共同受賞していたことだろう。

スティーヴンの博士研究によって浮かび上がった、私たちにとっての過去の姿は、図18に示したような洋梨形の時空領域をしている。この驚くべき図を描いたジョージ・エリスもシアマの学生で、1960年代半ばにはスティーヴンとともに特異点定理に関する研究をおこなった。私たちはこの洋梨形の上端に位置している。この洋梨の表面は、空の各方角から私たちのもとへ届く光線によって描き出される。

図18 1971年にジョージ・エリスが描いた、観測可能な宇宙と、私たちがある程度詳細に観測できる領域(細かく斜線を引いた部分)を示した図。私たちは「現在」と記された先端に位置している。過去へさかのぼっていくと、物質によって光線が集束して、私たちにとっての過去光円錐が内側に湾曲し、洋梨形の領域を作る。それが私たちにとっての過去である。光によって宇宙の制限速度が定められているため、この宇宙の中で私たちが原理的に観測可能なのはこの領域に限られる。スティーヴン・ホーキングの定理によると、過去に向かって光が集束していくために、過去は必ず初期特異点で終わりを迎える。しかし私たちがその特異点を直接見ることはできない。始原宇宙を満たす高温の電離プラズマの中では、光の粒子である光子があらゆるものに絶えず散乱されて、宇宙が不透明になっているからである。

この図で分かるとおり、私たちにとっての過去光円錐の形は、物質によって影響を受ける。物質の質量によって光線が直線から逸れ、時間をさかのぼるにつれてその経路が集束する。

図8(97ページ)と図9(98ページ)では物質の重力による集束効果を無視していたため、光円錐は直線的だったが、実際の宇宙では変形して内側に湾曲する。そうして作られる洋梨形の表面が、私たちにとっての過去光円錐となる。その過去光円錐は、私たちに影響をおよぼしうる有限の時空領域、すなわち洋梨の内部と、私たちに影響をおよぼしようのないそれ以外の領域とを分け隔てている。

スティーヴンの特異点定理の要点は、物質によって過去光円錐がこのような形で集束すると、歴史を際限なく伸ばすことは不可能だということである。「時間の果て」、いわば過去の底にたどり着いてしまって、それより先には空間も時間もないのだ。

エリスによるこの図は、図11(同書117ページ)に示した、ペンローズがブラックホールの形成の様子を描いた象徴的な図を、宇宙に当てはめたものと言える。両者を比較すると分かるとおり、宇宙論における観測者にとっての過去は、重い恒星の内部における未来とそっくりで、どちらも有限の時間しか存在しない。

しかし1つ重大な違いがある。ブラックホールの事象の地平面は、ブラックホールの外にいる観測者から内側の荒れ狂う特異点を覆い隠しているが、ビッグバン特異点は私たちにとっての宇宙の地平面の内側に存在する。

膨張宇宙は、ブラックホールの内と外、上と下をひっくり返したようなものである。初期特異点はまさに、私たちにとっての過去光円錐の過去の果てをなしている。そのため原理的には私たちにも見えていて、空にくっきりと描かれていることになる。

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