宇宙

2025.11.19 14:15

宇宙誕生の瞬間は存在しない? 愛弟子が故ホーキング博士を解説、話題書から

ホーキング博士と著者 (c) Thomas Hertog

「時間そのものの誕生」を告げる特異点

そこでシアマはスティーヴンをロジャー・ペンローズに引き合わせた。そのときペンローズは、この宇宙の至るところにブラックホールが存在するはずであることを示す、たった3ページの長さの画期的な論文を発表したばかりだった。その論文では次のことが証明されていた。

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もしも一般相対論が正しければ、十分な質量の恒星が重力崩壊することで時空の「特異点」が形成され、その特異点は事象の地平面によって外界から隠される。まさにブラックホールである。

スティーヴンはすぐさま気づいた。ペンローズの数学的論法において時間の流れを逆転させ、収縮を膨張に変えれば、膨張宇宙が過去に特異点を持っていたはずであることを証明できると。そうしてペンローズとともに導き出した一連の数学定理によって、以下のことを明らかにした。

膨張宇宙の歴史をさかのぼって、最初の恒星や銀河が誕生するはるか以前、CBM放射のスナップショットよりもさらに昔に戻っていくと、最終的には時空が極限までゆがんだ特異点に突き当たる。その初期特異点ではアインシュタイン方程式の両辺が無限大になって、無限大の時空の曲率と無限大の物質の密度が「等しく」なり、一般相対論は予測力を完全に失う。

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それは電卓で0割り算をするようなものだ。無限大という答えが出てきて、そこからどんな計算をしても意味がない。特異点はまさに時空の果てであって、そこで何が起こるかを一般相対論は教えてくれない。それどころか、時空の特異点では「起こる」という言葉すら意味をなさない。

すでにペンローズが示していたとおり、相対論によればブラックホールの内部で時間は終わるはずである。一方でスティーヴンは、時間を逆転させた論法によって、膨張宇宙では時間に始まりがあったはずであることを証明した。もとからビッグバン特異点が存在していたわけではなく、いわば卵が宇宙を孵そうと待ち構えていたのとは違う。その特異点は時間そのものの誕生を告げている。

スティーヴンのこの定理によって証明されたとおり、フリードマンやルメートルの考えた完璧に球形の宇宙における時刻0の瞬間は、けっしてモデルを単純化したことによるまやかしではなく、相対論的宇宙論から導き出される強固で普遍的な予測だった。

これがスティーヴンの1966年の博士論文における主要な結論で、のちに彼の伝記映画『博士と彼女のセオリー』(ジェームズ・マーシュ監督、2014年)でも取り上げられる。その博士論文の要旨には次のように記されている。

「宇宙膨張に基づくいくつかの帰結と結論を調べた。……第4章では宇宙モデルにおける特異点の出現について論じる。ある非常に一般的な条件が満たされれば、特異点は必然的に出現することを示す」

目を見張る結論である。グランドキャニオンのような場所を歩くと、数十億年前の岩石が見つかる。地球でもっとも単純な形態の微生物が出現したのは約35億年前。この惑星自体もそれより大幅に古いわけではなく、おおよそ46億歳。ビッグバン特異点定理によれば、そのわずか3倍だけ時間をさかのぼって138億年前に戻ると、時間も空間も、何も存在しなくなるのだ。そのようにしてとらえると、私たちは万物の始まりにかなり近いのだといえる。

『宇宙・時間・生命はどのように始まったのか?:ホーキング「最終理論」の先にある世界』(トマス・ハートッホ 著、水谷淳 訳、NewsPicksパブリッシング刊)』
『宇宙・時間・生命はどのように始まったのか?:ホーキング「最終理論」の先にある世界』(トマス・ハートッホ 著、水谷淳 訳、NewsPicksパブリッシング刊)

トマス・ハートッホ氏
トマス・ハートッホ氏 (c) Gert Verbelen

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