閑院宮載仁親王の別邸として建てられた箱根の「強羅花壇」。花壇の名は宮家が自邸を開放して来賓をもてなす“迎賓の場”を表し、子息の閑院春仁王による1948年の創業以来、日本文化を伝えるおもてなしを大切にした宿として親しまれてきた。
今年7月、創業77年という歴史のなかで初めて、花壇の名を冠するもう一つの宿「GORA KADAN FUJI」が開業した。10月には、会員制ゴルフリゾート「GORA KADAN FUJI GOLF」が誕生し、さらに2030年には京都で3軒目の宿の開業も控えている。
新しい時代を迎えた「強羅花壇」ブランド。その立役者が、2017年に以前の経営陣から経営を引き継いだ強羅花壇社長の橋本龍太朗だ。金融・投資畑を歩んできた若き代表が見据える「日本文化の発信プラットフォーム」としての強羅花壇とは。
「宿」だからこそできること
1983年、政治家の父とギャラリーを営む母の元に生まれた橋本は、「強羅花壇とは3度の出会いがある」という。最初の出会いは幼少期。母の仕事の関係で「強羅花壇」の名を知り、その響きが記憶に残っていた。
2度目は、大学の理工学部建築学科での学生時代。身の回りに常にアートがあり、芸術家を目指した時期もあったが、各地の名建築を訪ねるなかで、日本の伝統様式とモダンが融合した和洋折衷の美に惹かれるようになった。その過程で改めて出会ったのが、名建築家・竹山聖及び荻津郁夫率いるアモルフが設計する強羅花壇。「和の室礼と洋館の融合のバランスに感銘を受けた」という。
そして、3度目の出会いが今につながる。橋本は経営大学院を卒業以降、メリルリンチやブラックストーングループなど、投資会社で海外・国内の不動産やホテルチェーンの案件を担当してきた。その実績と経験を買われ、この名門旅館の経営を託され、2017年に代表に就任。グローバルなフィールドに身を置くなかで、「強羅花壇を日本文化を世界に発信する拠点にしたい」という思いが生まれていた。
「日本は『察し力』の文化。例えば、私の昔馴染みの日本料理店では、大将が説明しないことも多い。良い食材、良い器。客は当然それを知っていて、口にせずともそれを理解するのが美しいという空気があります」と橋本。それが魅力である半面、異文化の人には高度で理解しづらい。また、海外留学や海外勤務を通じて、自分自身を含め、日本人は誤解されても「仕方ない」と受け入れる傾向があり、文化の発信における弱さを感じていた。
宿という場所には、衣食住の要素が全て詰まっている。わずか数日間の滞在とはいえ、端々から日本文化を「体感」してもらうことができる。由緒正しい「強羅花壇」は旅館にとどまらず、日本の良質な文化を体現する存在として、「日本発のラグジュアリーブランド」となり得ると考えた。



