企業の意思決定の際に「社会・環境へのインパクト」も考慮できる新たな会計手法が日本発で世界へと広がりを見せている。
企業がつくりだす社会・環境へのインパクトを貨幣価値評価し、財務諸表に反映する「インパクト会計」。サステナビリティ、インパクトの測定、報告の最前線ともいわれているインパクト会計が今、世界で広がりを見せている。なかでも、国際インパクト評価財団(IFVI)が発表した、2024年版「世界のインパクト会計・ケーススタディ」では優良事例12社のなかに日本企業が3社(エーザイ、KDDI、五常・アンド・カンパニー)選出された。「トランプ2.0」時代に、ESG、インパクトへの逆風が吹いているが、日本発で世界に新潮流を生み出している。
エーザイ元専務執行役CFOで、早稲田大学大学院会計研究科客員教授の柳良平、KDDIコーポレート統括本部サステナビリティ経営推進本部長・矢野絹子、日清食品ホールディングス常務執行役員兼米州総代表・横山之雄、五常・アンド・カンパニーHead of Account ing & FP&A・佐竹亮、KIBOW社会投資ファンド インベストメント・プロフェッショナル・五十嵐剛志に議論してもらった。
五十嵐剛志(以下、五十嵐):インパクト会計の起源は50年以上前にさかのぼるが、2019年に米ハーバード・ビジネス・スクールでの「インパクト加重会計イニシアチブ(IWAI)」の設立が契機となり、急速に発展と普及が進んだ(IWAIはIFVIに発展的解消)。背景にあるのは、世界的なインパクト投資の広がり、そしてパンデミックをきっかけとしたグローバル資本主義の見直しの動きだろう。
日本での動きは、エーザイが21年に行ったインパクト会計導入の第1号がはじまりだ。岸田文雄前政権が打ち出した「新しい資本主義」の実現に向けた具体策のひとつとして注目されたこともあり、現時点で10社弱の企業が開示を行い、導入検討が50社を超えている。IFVIが発表した優良事例の12社中3社が日本企業であることからも、世界的に見て、インパクト会計の普及が最も進んでいる国のひとつだ。
年間EBITDAにほぼ相当
柳良平(以下、柳):インパクト会計は、IFVI、バリュー・バランシング・アライアンス(VBA)の2つの世界的組織が中心に動いているが、企業の実務への適用や開示という点では日本は世界トップクラスだ。サステナ関連は主に欧米主導で動くといわれるなか日本発で世界へとリーダーシップをとって発信できる重要な役割を担っている。
エーザイにおけるインパクト会計導入の経緯は、19年に私が早稲田大学客員教授として発表した、同社をケースとして非財務資本と企業価値をつなぐ、独自の「柳モデル」が起点だ。柳モデルはESG指標あるいは非財務資本のKPI(重要業績評価指標)と株価、つまりPBR(株価純資産倍率)との相関を示し、企業価値との関係を示すものだ。(IWAIを立ち上げた)ハーバード・ビジネス・スクールのジョージ・セラフィム教授が「柳モデル」に関心を示し、「柳モデルを支持する。柳モデルと併用するカタチで日本初のインパクト会計をやらないか」と提案されたことから始まった。
KEYWORD 1|世界のインパクト投資:2024年データによる世界のインパクト投資残高は1.571兆ドル(約239兆円)にのぼる。19年の5,080億ドル、22年の1.164兆ドルから大きく増加していることがわかる(GIIN 「Sizing the ImpactInvesting Market 2024」)。
KEYWORD 2|日本のインパクト投資:2024年度における日本でのインパクト投資残高は17兆3,016億円。前年度 11兆5,414億円 から5兆7,602億円(150%増) 増加した。増加額のうち、 大手銀行および生命保険会社の8組織で全体の94%を占めた(GSG ImpactJAPAN National Partnerレポート「日本におけるインパクト投資の現状と課題」)。



