新時代の経営へ。鍵握る「インパクト会計」と「柳モデル」の併用
「ポストESG」時代、企業経営・企業価値向上の新手法に世界的な注目が集まっている。「柳モデル」開発者である早稲田大学大学院会計研究科客員教授の柳良平にその意義を聞いた。
ポストESG時代への移行期のなかで、社会的インパクトの可視化ができる「インパクト会計」、企業価値との相関関係につながる「柳モデル」の併用の有用性について関心が高まっている。
バリュー・バランシング・アライアンス(VBA)のクリスチャン・ヘラーCEOは2025年5月の来日時、「(日本で100社近くまで普及している)柳モデルとインパクト会計の相互補完性を追求するのが重要だ」と話している。柳モデルを開発し、座談会にも出席したエーザイ元CFO、早稲田大学大学院会計研究科客員教授の柳良平にその意義と可能性を聞いた。
──「柳モデル」と「インパクト会計」には補完関係がある。
柳:「柳モデル」とは、ESG指標、あるいは非財務資本のKPI(重要業績評価指標)と株価、つまりPBR(株価純資産倍率)との相関を示すもので、企業価値との関係性を示唆する。柳モデルは、ESGの価値(または国際統合報告評議会(IIRC)が定義する1. 知的資本、2. 製造資本、3. 人的資本、4. 社会・関係資本、5. 自然資本の5つの非財務資本)がPBRに織り込まれるという「PBR仮説」の立場からの独自のフレームワークだ。
2019年度に、私が行った実証研究では、エーザイのESGに関するKPI88項目について、それぞれ過去にさかのぼり、計1,088件のデータと、過去28年分のPBRとの相関関係について重回帰分析を行った。「人件費を1割増やすと5年後のPBRは13.8%上がる」「研究開発費を1割増やすと10年超でPBRが8.2%拡大する」「女性管理職比率を1割改善すると7年後のPBRが2.4%上がる」という相関結果が得られた。
一方、「インパクト会計」は、インパクトの会計絶対値を数字で計算することができる。例えば、座談会内でも話をした21年に開示した従業員インパクト会計では、エーザイジャパンの2019年の人件費358億円のうち、男女の昇進・賃金格差や雇用比率、地域社会への貢献などについてプラス・マイナス両面の影響を足し引きして計269億円の社会的インパクトを生んだことが明らかになった。この社会的インパクトを人件費で割った「人材投資効率」は75%で、主要な米国企業平均の50%半ばを上回った。そしてEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の44%にも相当した。
柳モデルは非財務資本のKPIと株価との相関、企業価値との関係性を示唆するが、社会的インパクトの会計絶対値を示すわけではない。一方、インパクト会計は、社会的インパクトの会計絶対値を数字で算出可能だが、株価、あるいは企業価値評価との直接的な関係性は証明できない。だからこそ、VBAのクリスチャン・ヘラーCEOが述べたように「柳モデルとインパクト会計の相互補完性を追求すること」が大事になる。現在、VBAの調査チームと共同研究を検討中であり、ともにこの重要性を訴求し合おうとしている。実務家のモデルであり、企業ごとに現場での実行、開示、対話をステークホルダーと繰り返し、ステークホルダーからの評価を高めていくものだからこそ、KDDI、日清ホールディングス、五常・アンド・カンパニーをはじめとした企業事例が非常に重要なアネクドータルエビデンス(経験と観測に基づく事例証拠)になる。


