そして、エーザイの「価値創造レポート2021」で19年の従業員インパクト会計(単体)を任意で開示した。従業員インパクト会計は、雇用インパクトとも呼ばれ、従業員に支払う給与がどれだけ社会に役立っているかを示すものだ。トータルで269億円の正の社会的インパクトがあった。このインパクトを人件費で割った「人材投資効率」は75%で、主要な米企業平均の50%台半ばを大きく上回ることがわかり、エーザイのEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の44%にも相当した。22年に公表した、世界保健機関(WHO)を通じたリンパ系フィラリア症治療薬の無償提供は、1年あたり1,600億円の社会的インパクトがあり、エーザイの年間EBITDAにほぼ相当することがわかった。
年間5023億円の社会的インパクト
矢野絹子(以下、矢野):KDDIでは、22年に発表した中期経営戦略において、パートナーとともに社会の持続的成長と企業価値の向上を目指す「サステナビリティ経営」を軸に置いている。その前から萌芽があったサステナビリティ経営に取り組むなかで、21年から「柳モデル」により非財務データとPBRの相関分析をし、22年には因果関係を含めた定量的な分析も行った。企業活動における非財務価値の可視化に挑戦、模索をするなかで、23年度からインパクト会計に着手し始めた。難しかったのが測定・開示するテーマの設定だった。通信を核にさまざまな事業展開を行っているなかで、社会から存在や価値が見えにくいサービスを対象としたらどうかと検討した。そういった背景から自動車やセキュリティ、電気・ガスなどの業種へ4,197万(24年3月期)もの回線を提供し、社会を裏から支えているIoTビジネスをテーマに定めて実施した。その結果、当社のIoTビジネスによる社会的インパクトは、自動車事故発生時の緊急通報による被害軽減効果をはじめとし、5,023億円(24年3月期)と算出され、IoTビジネスを主幹とするビジネスセグメントにおけるEBITDAの約1.6倍に相当することが確認できた。
こうした取り組みはインパクト会計に関心がある方々からは興味・反響をいただいた一方で、資本市場においては投資に直接的につながる動きはあまり見られず、価値は理解したが他社比較が難しいという声もあり、課題が浮き彫りになった。今後は、投資判断における理解促進を図るため、将来的な社会的インパクトの算出について検討を進めたいと考えている。
一方、社員からは「事業の取り組み意義が可視化され、サステナビリティ経営と自身の業務との関係性がより明らかになった」といったポジティブな反響が多く寄せられた。サステナビリティ経営について、概念としての理解にとどまらない、具体性のある理解促進につながった。インパクト会計による非財務価値の可視化により、伝える手段がひとつ増えて、社内浸透面で説得力が増した。


