南極は、生命の営みに適した場所ではない。その内陸部は、凍てついた広大な荒れ地であり、気温はマイナス40度を下回ることもある。氷のように冷たい風が、すべての露出したものを切り裂いている。比較的温暖な沿岸部でさえ、夏の気温はマイナスで、大地は岩と氷と雪の荒野だ。
ペンギン、アザラシ、クジラなど、私たちが思い浮かべる南極の動物たちは、いずれも周囲の海に依存している。固有の陸生哺乳類はおらず、爬虫類も存在せず、高等植物の痕跡すら、ほとんど見られない。
しかし、何者も寄せ付けないこの氷の砂漠を征服し、陸地で生き延びている生物がいる。飛ぶことのできない小さな昆虫、ナンキョクユスリカ(学名:Belgica antarctica)だ。
体長わずか2~6mmだが、南極最大の純粋な陸生動物で、固有種としては唯一の昆虫でもある。その小さな体にもかかわらず、ナンキョクユスリカは、地球上で最も過酷な環境の1つに耐えるための生物学的適応能力を備えている。
しかし、気候が変化するにつれて、ナンキョクユスリカが長い年月を生き延びてきた適応そのものが、逆に命取りとなる可能性がある。
極限環境に最適化したナンキョクユスリカ
ナンキョクユスリカは、普通の昆虫ではない。カやハエの仲間とは異なり、羽を持たない。南極の容赦ない風に吹き飛ばされないための適応だ。
また、2年の寿命の大半を幼虫として過ごし、南極半島と周辺の島々で、コケや藻類、朽ちた有機物を掘り進む。短い夏の間だけ姿を現し、交尾して卵を産むまでのわずか7日から10日だけ成虫として生きる。
成虫は、繁殖のための器に過ぎない。機能的な口を持たないため、食べたり飲んだりすることはできない。その唯一の目的は、過酷な環境に屈する前に繁殖することだ。
生存の真の物語は、幼虫期にある。南極の極寒に耐えるため、一連の驚くべき戦略を進化させてきたのだ。



