「ただの風邪」ではないかもしれない、「咳が止まらないけど、風邪が長引いているだけだろう」
多忙なビジネスパーソンの中には、そんなふうに考えて放置してしまう方も多いのではないでしょうか。 しかし、その咳が実は「百日咳」かもしれません。
ビジネスパーソンと成人の百日咳
百日咳と聞くと「子どもの病気」というイメージが強いかもしれませんが、近年は30〜50代の成人にも増えており、仕事や家庭に大きな影響を及ぼす感染症として注目されています(グラフ1)。
2025年は全国的に急増し、8/24時点で報告数は69797件と前年の17倍以上です。
この2025年の「爆増」には、1. 10代における学校や部活動での集団感染、2. 新型コロナの感染拡大期間での行動制限・マスク着用による獲得免疫の低下、3. 国外で標準である思春期・成人への百日咳ワクチンの追加接種制度が国内で存在しないこと、4. 2025年が学校関連事例を契機に受診・検査が増えて報告数が押し上げられた、などの複合要因が関与していると思われます。
さて、では、「百日咳」とはどんな病気なのでしょう?
百日咳は、「Bordetella pertussis」という細菌が原因で、強い咳が数週間から数か月続くのが特徴です。
感染力は非常に強く季節性インフルエンザの10倍程度といわれています。子どもの場合は典型的な「けいれん性の咳」や「ヒューヒューという吸気音」が見られますが、大人では「長引く咳」だけで熱もなく、痰も出にくいことが多いため、風邪や気管支炎と間違えられやすいのです。
成人が罹患した場合、どんな影響があるのでしょうか。
1. 仕事へのダメージ
会議中や商談の最中に咳き込みが止まらず、話が中断してしまう。夜間の咳で眠れず、寝不足による翌日の集中力が低下する。こうした症状は業務効率を大きく下げてしまいます。
2. 家族へのリスク
さらに深刻なのは、乳幼児への感染です。特に乳児はワクチン未接種や免疫が十分でないことが多く、感染すると重症化する危険があります。実際、大人が「隠れた感染源」となり、家庭内で子どもに感染してしまう事例が少なくありません。
3. 社会的コスト
長引く咳で通院を繰り返す、通院のための休暇が増える。こうした積み重ねは、医療費や労働損失として企業や社会にも影響を及ぼします。
治療と生活の工夫
では、どうやって診断するのでしょうか?
━━成人の百日咳は、症状が典型的でないため診断が難しいのが実情です。PCR検査や抗体検査はあるものの、発症からのタイミングで結果が変わります。そのため、「2週間以上咳が続く」=百日咳を疑うサインと考えるのが重要です。
早期であれば マクロライド系抗菌薬が効果的です。感染後3週間以内ならば抗菌薬の服用により菌の排出を抑えて周囲への感染を防ぐことができます。ただし、抗菌薬では咳症状に対して十分な効果が得られないことがあります。特に席は長く続くため、完全に治まるまで数カ月を要することもあります。
生活の中でできる工夫としては、
- 寝室を加湿して喉の刺激を減らす
- 喫煙など咳を悪化させる要因を避ける
- 部屋の換気を促進する
などが役立ちます。
予防としての「ワクチンの追加接種」
現在、日本では小児期に5種混合ワクチン(百日咳、破傷風、ジフテリア、ポリオ、ヒブ)を接種しますが、その効果は10年程度で弱まります。成人への追加接種(Tdapワクチン、DtaPワクチン)として、乳幼児と接する世代には追加接種が推奨されます。
追加接種が特に有効な人とは
- 乳児(特に2ヶ月未満)と同居する親や祖父母
- 妊娠をしている人
- 教育・医療に従事する人
- 最後のワクチン接種から10年以上経過している人
Tdapは輸入ワクチンなので接種ができる医療機関が限られます。日本渡航医学会のホームページでは、Tdapが接種できる医療機関の情報が閲覧できます。
咳はあなた一人の問題ではない
ビジネスパーソンにとって、長引く咳は「仕事の妨げ」だけでなく「家族や社会を巻き込むリスク」にもなります。
- 2週間以上続く咳は医療機関へ
- 早期診断・治療で周囲への感染拡大を防止
- ワクチンの追加接種
- 必要に応じたマスクの着用
「咳くらい大丈夫」と思うのは危険です。健康管理は、あなた自身だけでなく、職場の仲間や家族を守ることにつながります。
参考文献
1. Cherry JD. Pertussis in adults. Lancet Infect Dis. 2016;16(12):e217-e226.
2. Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Pertussis (Whooping Cough): Clinical Complications. Updated 2022.
3. 日本感染症学会・日本小児感染症学会. 百日咳診療ガイドライン 2020
4. Tan TQ. Pertussis—Still a Global Problem. N Engl J Med. 2015;372:1613-1615.
5. Miyashita N, Kawai Y, Yamaguchi T, et al. Clinical manifestations of pertussis in adults. Intern Med. 2011;50(11):1093–1098.
6. 感染症発生動向調査週報一覧(国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト)

鈴木英孝◎1993年産業医科大学卒業。米国総合エネルギー企業エクソンモービル社日本法人、アマゾンジャパン合同会社の産業医としてグローバルな産業保健活動を経て独立、現在アッシュコンサルティングサービス代表社員。専門は職域の感染症管理、健康経営、化学物質管理、喫煙対策などを含む「産業保健」。新型コロナウイルス対策を始めとした感染症対策、労働衛生マネジメントシステムの国内導入を進め、さらに学会活動を通じて欧米型の産業保健活動を広く国内に紹介する。



