スポーツ

2025.09.05 13:45

日本のスポーツビジネス9.5兆円市場。その不都合な真実と未来

「スポーツ」の定義という名のパンドラの箱

なぜ、競馬や競輪が「スポーツ産業」として計上されるのか。ここに、9.5兆円という数字を読み解く上で最も重要な鍵があり、同時に日本のスポーツ産業が抱える構造的な問題点が潜んでいる。

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DBJが用いる推計手法「スポーツサテライトアカウント(SSA)」は、欧州で開発された国際基準であり、その産業分類は「ヴィリニュス定義」に基づいている。この定義では、スポーツに関連するあらゆる経済活動を広義に捉えるため、競馬や競輪といった公営競技も「スポーツ活動」の一部として分類される。

この定義自体は、国際比較を行う上での客観性を担保するために必要なものだ。しかし、この「スポーツ」という言葉の定義の広さが、我々の認識と実態の間に大きな乖離を生んでいる。多くの人が「スポーツ産業の成長」と聞いて思い浮かべるのは、JリーグやBリーグが新たなファンを獲得し、放映権やスポンサーシップ収入を拡大していく姿だろう。あるいは、大谷翔平のようなスターの活躍が、グッズ販売やツーリズムを活性化させる姿かもしれない。

だが、現状の9.5兆円という数字の多くは、こうした「する・みる・ささえる」スポーツ文化の成熟度とは別の論理で動く、公営競技の巨大な経済圏によって支えられている。これは、日本のスポーツ産業が、賭け金を原資とする特殊なビジネスモデルに大きく依存しているという「不都合な真実」に他ならない。

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9.5兆円という数字は、決して偽りではない。しかし、それは「ヴィリニュス定義」というマジックによって、我々がイメージする「スポーツ」とは異なる要素が大きく含まれた結果である、という事実は正しく認識する必要がある。この構造を理解せずして、真の「スポーツの成長産業化」を語ることはできない。

2025年を目標とした15兆円達成の課題

何よりもDBJが「スポーツ活動」と産業分類したGDPは全体の32.4%。つまり3兆円強に過ぎない。このうちの実に半分近くを公営競技が占めているという「不都合な真実」だ。プロ野球からJリーグ、Bリーグ、SVリーグにTリーグと国内の人気スポーツが束になっても到底及ばない。年度は異なるが2024年3月期、阪神タイガースは約261億円の売上を記録。23年の優勝需要があってこの金額。GDPとして眺めると、ざっくりこの半分程度と推察すべきだろう。

公営競技が産業全体を支える構造は、コロナ禍のような危機において、経済的な下支えとして機能したという側面は確かにある。オンライン投票システムの普及も相まって、公営競技はパンデミックの影響を最小限に抑え、むしろ市場を拡大させた。

その一方で、私たちが本来、成長の主役と期待していた産業は、深い傷を負った。DBJのデータは、そのコントラストを無情に映し出す。「プロスポーツ(興行)」の年平均成長率はマイナス31.8%、「スポーツ旅行サービス」に至ってはマイナス40.3%と、壊滅的な打撃を受けた。スタジアムからファンの声が消え、アスリートたちが活躍の場を失ったあの記憶は、決して遠い過去ではない。「たかがスポーツ」の代償である。

日本のスポーツ産業は、コロナ禍を乗り越え、9.5兆円という高みに到達した。しかし、その足元は、我々が期待していた強固な岩盤ではなく、公営競技という巨大だが特殊な土台の上にある。この構造は、安定性と同時に、大きな危うさもはらんでいる。

この公営競技に依存する構造は、スポーツ庁が2016年4月、「日本再興戦略2016」において、スポーツ市場規模を15兆円とする目標を掲げたが、目標達成の足枷となりかねないリスクである。またこの「不都合な真実」の先で、日本のスポーツ産業が真の成長を遂げるための道筋を考えたい。

文=松永裕司

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