マカオでのクラゲとの出会い
海洋生物の研究に没頭し、博士号まで取得し、研究者の道へまっしぐら…とならなかったのは、ある気づきだった。
「研究は重要なことですし研究者の方々を尊敬していますが、研究のための研究になってしまうことも少なくない。結局私は、研究よりも、生き物の飼育のほうが好きでした」
より実践的な飼育研究をしたいと感じた吉田氏は、「もう一度、水族館の現場に戻りたい」と考え始める。そこで出会ったのが、マカオのホテルでの水族館立ち上げという仕事だった。
こうしてゼロから施設をつくりあげる責任あるポジションで、クラゲの飼育員としてのキャリアをスタートさせた。クラゲの飼育には高度な水質管理や餌の調整、繁殖の工夫が求められる。マカオでの日々は、技術を磨きながらクラゲの奥深さにのめり込んでいく時間となった。
やがて自家繁殖に成功し、クラゲを安定して育てるサイクルを確立した実績が評価され、入社2年目には昇進。報酬は大幅にアップし、生活にも心にも余裕のある生活だった。
一方で、「やりきった」という達成感とともに、仕事は徐々にルーティン化していく。「毎日10時間、決められた作業をこなすだけの生活がつらくなっていきました」と話す吉田氏。この頃、イギリス人同僚と「自分たちで水槽をつくって売ってみないか?」という話になったのが起業のきっかけだ。この小さなアイデアが、クラゲビジネスという挑戦の第一歩になった。
「起業するよりも大きな会社で好きな研究をさせてもらうのがベスト」と考えていたが、思うように就職先が見つからない。そこで、マカオで得た技術を活かし、「もっと多くの人にクラゲの魅力を伝えたい」という思いから、起業を決意する。
香港で起業、「養殖+水槽」
2014年、マカオ時代のイギリス人同僚とともに香港で「Cubic Aquarium Systems」 (後のSanderia Group)を立ち上げた。クラゲの養殖と専用水槽の製造・販売を行う会社だ。
オーストラリアやマカオで暮らしてきた彼にとって、海外での生活は慣れたものだったが、香港でのスタートアップ生活は想像以上に厳しかったという。
「とにかくお金がなかった」と当時を振り返る。
起業当初の3カ月間は、事務所の床に布団を敷き、同僚と一緒に寝泊まり。やがて4畳ほどの小さな部屋に移ったが、コンビニで水一本すら買えないこともあった。
「店に入る前に、財布の中身を確認してからじゃないと怖くて入れなかったです。銀行口座には常に数万円しかなく、人生で一番お金がなかった時期でした」
起業当初は、売上が不安定で赤字が続いた。吉田氏含め経営陣に支払う給料はなく、社員の給料の支払いが遅れることもしばしば。その後、少しずつ注文が増え、3年目には、経営に強いアイルランド人のパートナーが加わった。社員も増え事業は拡大したが、不安定な経営は続いた。
さらに、3人での共同経営には別の難しさがあった。研究者気質の吉田氏と事業としての拡大を目指す2人のパートナーとは意見が合わないことも多い。意思決定の場では、英語がネイティブの2人との議論で互角に言い合うことが難しく、主張することをあきらめるような場面も少なくなかった。
その経験が、彼の中である決意を強めていく。
「自分の裁量で、クラゲ事業に集中したい」
やがてその思いが、独立への大きな一歩となっていく。


