米国では一部のテック系企業が、いわゆる「996」勤務体制を導入し始めている。996とは、もともとは中国のスタートアップ分野で広がったもので、午前9時から午後9時まで、週に6日働くことを意味する。その裏には、より激しく競い、より速く動き、AIレースに勝利するという考え方がある。
しかし、この組みあわせは奇妙なものだ。AIが未来を体現している一方で、996勤務体制は、(オフィス回帰の義務づけと同様に)どっぷり過去に属している。これは、未来の仕事の在り方をめぐる根深い誤解の一症状だ。
勤務時間の長さは、イノベーションとは比例しない
はっきりさせておこう。長時間働くことが本質的に悪いわけではない。ひときわ熱心で能力の高い人の中には、週60時間以上働く人もいる。だが、その人たちがそうしているのは、会社にいるべき時間を、誰かから指示されたからではない。9時5時勤務や週4日勤務、ましてや996勤務を命じられたからではない。
やる気は、組織構造を通じて生み出すことはできない。現代の働き手の優秀さは、勤務時間の長さによって決まるのでない。勤務をより良く調整することで決まるのだ。そうした働き手たちは、自分の仕事が、自分にとって大切なもの(長期的目標や学習、成長、経済的安定)を達成するのに役立つのなら、自分の時間を――それもたくさんの時間を――提供するだろう。
それは理想主義ではない。戦略だ。ひときわ優秀な社員たち、経営者が最も引き留めておきたい人たちは、いくつもの選択肢を持つ人たちだ。そうした人は仕事を、時間ではなく価値で測る。
時間ではなく信頼を測れ
996では、それが許されない。オフィス回帰も同様だ。週4日勤務のような善意のモデルでさえ、その人の影響力よりも、会社にいる時間に重きを置いている。これは工場労働のためにつくられたシステムであり、加速する一方の未来で、複雑な問題を解決する知識労働者のためのシステムではない。
労働時間を固定するリーダーは、間違った優先順位を伝えている。そうしたリーダーは、「社員の積極的な関与」よりも、「社員のコントロール」を重視して経営している。プレッシャーをかければ業績をひねりだせる、と考えている。だがその目算は、社員が燃え尽きたり、関心を失ったり、辞めたりしたら成り立たない。
すでにZ世代やミレニアル世代は、人間らしく、柔軟で、価値観に沿った仕事を求めるようになっている。この世代の人たちは、親たちが、何も返してくれない会社のためにすべてを犠牲にするのを見て育ってきた。同じことを繰り返したりはしないだろう。
この会社で働くとは、すなわち自主性、主体性、あるいは健康を手放すこと、つまりは、みずからの人生のコントロールを手放すことです――そんなメッセージが伝わったとしたら、この世代の人たちは辞めるどころか、そもそも入社しようとしないだろう。



