AI時代の生きる野生を育む
モデレーターの戸村氏は、演劇とビジネスの組み合わせの“稀有さ”に注目する。
「ソニーでも20年ほどマネジメントとして、また先端表現の現場に長く関わってきた立場として、映像やアニメーション、ゲーム、メディアアートといった表現技術のビジネス活用に、自分自身も携わってきました。ですが、2500年続く演劇という芸術が、現代の企業経営に活かされていると知ったときは、本当に驚きました」
一方で、いまのビジネス環境を見れば、その驚きも納得に変わるという。
「変化が激しく、先が読めず、成功体験が通用しない──。そんな不確実な時代に必要なのは、“他者を感じる力”や“周囲の動きや兆しを捉える力”。言い換えれば、“生きるための野生”です。演劇はそれを鍛える場でもあります」
石井氏もまた、組織に必要な“演じる力”の本質をこう語る。
「経営を担う役員には、それぞれの部門の提案を受けながら、会社全体の最適解を目指す軍団をつくってほしかった。
そのためには、“我”を前面に出すのではなく、与えられた“役”を的確に演じることが重要だと考えました」
彼が懸念していたのは、経営を担う役員達が「自分らしさ」や「我」を強く打ち出すことで、部下が会社全体ではなく、特定の上司に迎合してしまう組織構造だった。
「本来は社会やお客様、会社のために働くべきところを、“上司に気に入られたい”や“派閥で有利に立ちたい”といった忖度や権力構造が優先されると、組織のパフォーマンスは確実に落ちます」
だからこそ、石井氏はこの取り組みを単なる経営者向け研修で終わらせてはいけないとも語る。社会全体への処方箋として提示している。
「本来、私たちのような経営役員は100%の労力を“成果”のために使うべきです。けれど、実際には忖度や人間関係の調整など、本質と関係のないことにエネルギーを使いすぎている。
私は、日本経済の30年にわたる停滞の背景には、この“無駄なエネルギーの消耗”があると思っています」
その解決の鍵が、「心を軽くすること」だとも語る。
「己を消し、心を軽くすると、大事なことに集中できる。すると、個人も組織も、パフォーマンスに良い循環が生まれます。
これは会社経営だけに限らず、誰もが日々心がけることで、日本全体が再び成長の軌道に乗ると、私は信じています」


