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2025.08.21 15:15

己を捨てよ スズキが見出した、組織・社会を強くする演劇の力

“受信力”を鍛えるスズキ経営者研修

さて、受信力を鍛える研修とはどのようなものだったのだろうか?

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幾つかのプログラムのうちの一つは、参加者全員で円になり、小さな声から始めて徐々に声を大きくしていく訓練だった。

「全体を意識しながら、だんだん声を大きくしていく。誰がリーダーでもない。みんなで徐々に声を大きくしていく。ピークに達したあとは徐々に声を小さくしていく。誰に合わせるんでもない。ということは、自分の声さえも、人の声と同じように聞かなければいけない、ということ」

さらに、「自分も他者の一部である」ことを体感する一例として、宮城氏はゆっくりと自分の手を握る動作を披露した。「自分の見慣れた『手』であったとしても、ゆっくりと握っていこうとすると、全然自分の思い通りに動いていません。途中ギクシャクしてきます。

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自分の手であっても他者であるという感覚を得ることにより「自分とは他者でもある」ことを認識できるのです」

ステージ上で披露されたのは研修の一部ではあるが、徹底して受信体としての自分を見つめ直すことにフォーカスした研修だという。

宮城氏の「受信力」「自分は他者である」ことをベースとした演劇研修を経てスズキの役員の変化があったと石井氏は続ける。

「演劇の手法を学んだことがない方ばかりなので、みんな自分が受信力や自他認識を持っていたということに、初めて気がついたという人が多かった。自分が相手に影響を与えるだけでなく、自分が放った言葉がどう返ってくるか、この『返ってくる』ことをどう受けるかというところに視点を変えられた」

特に印象的だったのは、エンジニア出身の役員の変化だった。「エンジニアとしてとても優秀な役員は、この研修を受けてガラッと変わりました」と石井氏は話す。実際に本人も、「リーダーとしてのオーラの出し方、ボトムアップとトップダウンの融合などを深く考えさせられました。自我を消して自己を解放する──これまでのスキルや経験を会社の利益のために素直に活かすということを実感できました。宮城さんの人間観に共鳴し、深く感動しました」と語ったという。

一方で、「人がいい」役員は最後まで宮城氏からダメ出しを受け続けた。「ものすごい人がいい方なので、どこまで演技をしても人の良さが出てきちゃう。その人の良さが消えて本当に演技ができるかっていうところを、監督はずっと指導するんですけども、最後まで彼はいい人のままでした(笑)」

とはいえ、この役員にとっても研修は深い学びの機会となったと、石井氏は補足する。本人からは「役員という立場を“演じる”つもりで参加しましたが、発信することだけでなく、問いかけたり確認しながら表現する技術が重要だと気づきました。一方通行ではなく双方向のコミュニケーションを通じて、会社全体の総合力を高めること、”自分が”という考えを捨て、他を受け入れること、みんなが輝けるように自分が存在し、みんなが活躍できるように自分が行動するということを学びました」との感想が寄せられたという。

このように、参加者それぞれが異なる反応を示し、「いろんなパターンでリアクションがありましたけれども、学びの多い研修だった」と石井氏は振り返る。

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文=西村真里子

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