といっても、比較を完全に避けるべきだとは言わない。競争は、「自分の能力を最大限に発揮しよう」という、発奮材料になることもある。
自転車愛好家の心理学者ノーマン・トリプレットは、1898年に発表した最初期の社会心理学研究によって、自転車競技では1人で走るより、数人で競争したほうがよいタイムが出ることを示した。
さらに、競争の効果を検証するために、子どもたちに釣り竿のリールを速く巻いて魚を捕まえるゲームをさせたところ、1人でゲームをした時よりも、別の子どもと一緒にやった時のほうが速いタイムが出た。
これは「社会的促進」と呼ばれる現象で、人間だけでなく動物界全体に見られる。動物は周りに仲間がいる時のほうが速く走り、速く食べ、一般に高い能力を発揮する。
「自分にはできる」が必須
社会的促進がパフォーマンスを高めるのは、他者という具体的な目標ができるからだが、実は誰かに「見られている」だけでもパフォーマンスは高まる。
他者の視点を取り入れるだけで、チームで取り組んだ時と同じ効果が得られるのだ。そして、チームで取り組めば、功績を独り占めできないというデメリットはあるが、失敗の責任を1人で背負い込まずにすむというメリットによって帳消しにできる。
個人のパフォーマンスと集団のパフォーマンスには、それぞれ複雑な力学が働く。これは優秀なコーチなら誰でも知っていることだ。
だが社会的促進が起こるためには、「自分にはできる」という有能感と自信を持っていることが必須である。
そうでないと、観客の存在が「チョーキング〔息が詰まるという意味〕」と呼ばれる現象を引き起こし、実力を発揮できなくなるからだ。
チョーキングとは、緊張であがってしまうことをいい、これが起こると他者の存在が逆効果になる。
この現象も、過剰な闘争・逃走反応の一例だ。ワールドカップ決勝のPK戦でゴールを決めるのは、シュートが最もうまい選手ではなく、プレッシャーに負けない選手なのだ。


