世間が騒がない主な理由の1つは、死んでいく男性たちが徴兵された若い兵士(ロシア語で「モビク」と呼ばれる)ではなく、ある一定期間、自発的に契約を結んで戦地に赴く契約兵(「コントラクトニク」)であることだ。通常、恐らく部隊の25%程度を占めるモビクは後方に控え、コントラクトニクが前線に出る。
兵士に提示される報酬は、一般的なロシア人にとっては破格の金額だ。ある地方では、新兵に月額100万ルーブル(約186万円)が支給され、中央政府はさらに40万ルーブル(約74万円)を上乗せする。だが、同じロシアでもカフカス地方のような貧しい地域では、平均月額はわずか3万5000ルーブル(約6万5000円)だ。
軍隊に入隊するのはクイズ番組で優勝するようなものだ。一度に数年分の給料が手に入り、周囲からは愛国的な英雄として尊敬されるからだ。新兵が戦死した場合、少なくとも理論上は、遺族に多額の給付金が支給される。
軍事アナリストのキリル・シャミエフはX(旧ツイッター)への投稿で、「恵まれない男性の多くは、軍隊に入隊することはお金を稼ぐ手段であるとともに、自身の惨めな生活の中で真に素晴らしいことをする機会だと捉えている」と指摘した。新兵の多くは貧困地域の出身で、ロシア経済が徐々に崩壊していく中、軍が支払う大金がますます魅力的に見えているようだ。
ロシア軍は質の高い兵士を求めているわけではなく、誰でも受け入れている。同軍の採用担当者が浮浪者の避難所を訪れ、精神疾患や薬物中毒、アルコール中毒などを患っている否かに関係なく、新兵を探している様子も報じられた。そこでは「少しでも興味を示せば、直ちに兵役契約に署名させられる」という。
ウクライナ侵攻の初期、ロシアには刑務所から直接徴兵された数千人の囚人と、ワグネル・グループのような民間軍事会社が提供する傭兵がいた。これらの兵士は戦場で使い捨てにされても世論に影響することはなかったため、数多くの犠牲者を出した。これらの兵士が枯渇しつつある今、ロシアは北朝鮮軍にも頼っている。北朝鮮兵は最も激しい戦闘に投入され、死傷率は高い。
しかし、激しい戦闘に駆り出される兵士の大半はコントラクトニクで、ロシア軍は毎月約3万人を採用しては失っている。このペースで兵士を失っても、1億4000万人の人口を擁する同国は、相当の期間にわたって損失に耐えることができるだろう。そして、兵士が大義のために命を落とす愛国者と見なされる限り、つまりプーチン大統領が言うように「目的を果たしている」限り、世論の反発はない。
プーチン大統領にとっては、このゆっくりとした前進こそが勝利への道筋なのだ。同大統領はウクライナが数カ月以内に政治危機に陥ることを期待しながら領土を拡大し続けている。将来の停戦によって現場の現状が確定されるのであれば、戦闘の日々は前進の日々となる。これを変える可能性のあるものはいくつかある。ロシア経済の崩壊の加速やウクライナへの軍事支援の増大、ウクライナ軍の攻勢の成功などだ。それが起きなければ、流血は続くだろう。


