些細な出来事に心打たれる準備をする
──自分の衝動をどうやって見つければ?
谷川:すでに偏愛する対象がある人は、その理解を深めていけば衝動を見つけられるでしょう。大変なのは新しく衝動を探したい人。世間では心を動揺させないためのライフハックがはやっていますが、衝動を見つけたければ逆に心を揺さぶるしかありません。ただ、必ずしも感動的な映画を観に行かなくてもいい。例えば「この人いいな」と思う友達と話して何か感じたら、その感情に素直になる。そうやって身の周りのものをちゃんと感情で受け止め、しみじみ揺さぶられることが大切です。
──内省するのではなく外に目を向けると、忖度や反射的な欲望につながらないのか。
谷川:365日ノンストップで影響を受け続けるのではなく、自分なりにそしゃくする時間、つまり孤独になる時間をもったほうがいいでしょうね。スマホを置いて「さっき自分が感じたのはどういうことなんだろう」と考えてみる。
──谷川さん自身はどうやって自分の衝動を見つけたのか。
谷川:身近な友人の尊敬できる振る舞いから進んで影響を受けようと決めたことがあります。「こんな気遣いができるのか」とか、「この話題を深刻にならずに話すにはこうすればいいんだ」とか、目ざとく気づいて心打たれる準備をしておく。一つひとつは些細な出来事ですが、あとから「この衝動はあのときの影響のおかげかもしれない」と思うことがあります。
──多くの人は、日常の小さな出来事を見逃してしまう。
谷川:もっと小説を読むべきです。感受性は生まれつきのものではなく、人の感情の機微を味わう訓練を重ねることで磨かれるもの。その訓練には、読解に必要な情報が全部書かれていて、自分のペースでそしゃくできる小説が最適です。
そもそも衝動にふたをして無難な生き方を選ぶのは、「社会が要求するものに応えなければいけない」という不安や怒りが背景にあるからです。本当は大人が、「目に見えない軸で生きていい」と教えないといけません。ただ、周りにそういう大人がいなくても、小説を読めば「周りに合わせず、別様に世界と接するほうが楽しい」とわかります。10代の人には、少なくとも私自身はそれで救われてきたと伝えたいですね。
谷川嘉浩◎1990年生まれ。京都市在住の哲学者。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師を務める。著書に『信仰と想像力の哲学:ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜』(勁草書房)など。


