欧州

2025.08.05 09:30

「政治的に触れてはいけない」原子力発電を見直し始めた欧州、背景に何が?

フランス南部のトリカスタン原子力発電所(Getty Images)

フランス南部のトリカスタン原子力発電所(Getty Images)

ロシア産エネルギー資源への依存を減らす取り組みの一環として、欧州連合(EU)と米国は先月、新たな貿易協定を結んだ。この協定により、EUから米国への輸出品の大半に課される予定だった30%の関税率を15%に引き下げることが取り決められた。その見返りとして、EUは2028年までに米国に6000億ドル(約88兆円)を投資すると約束した。特に重要なのは、EUが7500億ドル(約110兆円)相当の米国産エネルギー資源を輸入することに同意した点だ。この中には、液化天然ガス(LNG)や石油のほか、原子力技術や核燃料などが含まれる。今回の合意文書にはEUが輸入するエネルギー資源の正確な量や時期などは明記されていないが、原子力技術と核燃料が含まれていることは注目に値する。

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この規定は、化石燃料と原子力の輸出を通じて世界のエネルギー市場で自国の優位性を高めようとする米国のドナルド・トランプ政権の目標に沿ったものだ。この条項はまた、米政府がウエスチングハウスやニュースケール・パワー、GEベルノバ日立ニュークリアエナジー(GVH)といった自国の原子力企業に信頼を寄せていることや、ロシア産核燃料の長期的な代替として国内のウラン供給網を再構築する努力をしていることを示すものでもある。だが、この協定に原子力技術が盛り込まれたのは、米国の説得だけによるものではない。むしろ、これは数十年ぶりに原子力発電への関心を強めているEUとの協力を示すものだ。

原子力発電を見直し始めた欧州

欧州諸国の原子力に対する姿勢は歴史的に分断しており、反原子力の声が最も大きいように思われがちだった。オーストリアでは首都ウィーン近郊にすでに原子炉が建設されていたにもかかわらず、1978年の国民投票で反対派が上回ったことから、同国唯一の原子炉が稼働に至ることはなかった。マルタ、キプロス、アイルランドも非原子力政策を維持している。大規模な原子力発電所を有するスイスはEU非加盟だが、2017年の国民投票で原子力から段階的に撤退することを決定した。ドイツは2023年に原子力発電所の段階的な閉鎖を完了し、福島第一原子力発電所事故を受けて開始された政治プロジェクトの最終章を締めくくった。ところが同国は最近、小型モジュール炉(SMR)と核融合を再検討すると表明し、原子力からの完全撤退の姿勢は疑問視されている。だが、法律上の変更はなく、閉鎖された原子力発電所が再開されることはない。

他方で、2023年のEU全体の発電量に占める原子力の割合は22.8%に上り、合計で61万9000ギガワット時を超えた。EUはロシア産化石燃料への依存を減らしつつ、産業基盤と生活水準を維持しながら、欧州グリーンディール(訳注:温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロにするという欧州委員会の目標)とパリ協定(訳注:世界の平均気温上昇を産業革命前の水準から2度未満に抑える国際的な取り決め)に基づく目標の達成を目指している。こうした中、地政学情勢が不安定化する一方で先進的な原子炉技術が成熟しつつあることから、欧州全体で原子力発電を見直す動きが加速している。原子力発電は現在、技術的に小型化しつつあり、地政学的に安定した国から燃料を供給できるという利点と相まって、低炭素な電力を生み出す解決策の1つと見なされている。各国政府は、原子力発電への投資がエネルギー供給だけでなく、雇用の創出や製造業の成長、地域開発をも支えることに着目している。

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翻訳・編集=安藤清香

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