東京で味わえるガチ中華のうち、最も店舗数が多いのは中国の「東北料理」だと言われたら、意外に思うだろうか。
表看板に「東北料理」と掲げていない店でも(いや、むしろ堂々と掲げる店はそれほど多くないが)、間違いなく東北地方出身者による店が多数派であることは、日本在住の中国の人たちの間では周知の話である。
一般に中国の東北地方とは、遼寧省、吉林省、黒龍江省の3省と内モンゴル自治区の一部を指す。かつて日本が進出していた満洲の地といえば、おわかりになる人もいるかもしれない。
中国東北料理のユニークな食文化
東北料理(中国では「東北菜」という)は、中国を代表する四大料理や八大料理には入らず、どちらかといえば田舎料理扱いだが、厳寒な気候や風土に根差した独自の味覚を生んでいる。
もともと中国の主要民族の漢族ではなく、清朝を興した満州族やモンゴル人、朝鮮系住民などが暮らしている土地で、本来の中国の料理とは異なるユニークな食文化もみられる。
主な料理は鍋料理や煮込みで、濃い味つけが多い。冬はマイナス30度にもなる気候のため塩気も全体に強め。水餃子や饅頭(肉まん)などの、いわゆる粉ものがよく食べられ、敗戦後、満洲から引き揚げてきた日本の人たちが国内に広めた話は知られている。
食材としては、夏の間に収穫した大量の白菜を発酵させた酸菜(スァンツァイ)がよく使われる。内モンゴル自治区に隣接しているため、羊肉もよく食べられている。
代表的な料理としては、農村風の大きな鉄鍋による煮込み料理の「鉄鍋燉(ティエグオドン)」や3種の野菜を素揚げして醤油煮した「地三鮮(ディーサンシェン)」、豚肉の天ぷら甘酢かけの「鍋包肉(グオパオロウ)」などだろうか。
吉林省東部には延辺朝鮮族自治州があり、東北全域に朝鮮系民族が広く居住していることから、東北料理とミックスした朝鮮料理が食べられるのも、この地方ならではだろう。
最近では、韓国料理の影響も受け、この地方の朝鮮料理も多様化している。実は日本にも、朝鮮系中国籍の人たちが多く住んでいることから、東京には延辺朝鮮料理店が「千里香」「四季香」「延吉香」などの店名で10数軒あることはあまり知られていないかもしれない。
さらに、東北地方ならではの食文化といえば、黒龍江省の省都ハルビンではロシア料理のレストランが多く、ロシアの影響を受けた食品も多数みられることだ。ハルビン市内の百貨店では、昔からロシア風のパンやソーセージ、ユーラシア全域で広く飲まれている清涼飲料のクワスが売られている。
というのも、この地は20世紀初頭、帝政ロシアがモスクワからウラジオストクまでをつなぐシベリア横断鉄道を敷設するため、最短ルートとなる清国領内に、突如、建設された町だったからだ。当時、多くのロシア人やユダヤ人、ポーランド人などが入植したため、この地に彼らの食文化が根づくことになったのだ。



