「ニーズ」からイノベーションを創るということ
内田氏の持論に「ビジネスプロセスから『ゼロ』を駆逐せよ」がある。曰く、スタートアップが社会実装を果たしてイノベーションを起こすまでのプロセスは「掛け算の式」のようなものだ。ひとつでも「ゼロ」が掛けられると結果は「ゼロ」になる。だから、ビジネスのプロセスにはひとつも「ゼロ」をかませてはいけない、というのだ。
「医療系スタートアップの開発プロセスは、レイヤーの数が実に多く複雑です。医療機器でいえば、治療法や診断法としてのコンセプトを固めて試作をし、非臨床試験として性能を評価し、ヒトに使用する前に動物実験を行い、いよいよ臨床試験を実施して薬事申請し、承認をとって保険償還を獲得して、やっと販売できる。しかもそのすべての専門性がきわめて高い。どれかひとつでも欠けると『ゼロ』が掛け算されてしまい、結果がゼロになってしまうんです」
医療機器イノベーションの生み方には大きく分けて2種類ある、と内田氏はいう。
「テクノロジーがまずあって、そこから、医療機器製品を製造するのが『テクノロジープッシュ』。逆に社会のニーズからイノベーションにつながるシーズを作るのが『ニーズオリエンテッド』です。
後者について、スタンフォード大が『バイオデザイン(Biodesign)』、すなわち『Identify(ニーズの発見と吟味)』から『Invent(アイデアの創出と吟味)』へ、そして『Implement(ビジネス戦略と計画)へ、というプロセスとして具現化したことにはインパクトがありました」

Biodesignの手法としてはあくまで、ニーズから作り込む方が、技術ありきの手法よりも成功確率が上がるという。他方、技術大国の日本では「こんな技術があるから、これを何か医療機器に応用できないか」という視点ではじまることもある。この点について、内田氏は次のようにいう。
「絶対ニーズから始めるべきで、テクノロジープッシュがダメだとは思いません。ニーズから考えて、医療の役に立つ医療機器だとしても、それが『must have』なのか『nice to have』なのかによって、事業性も変わってきます。
そのニーズが広く医療に必要とされ、かつ技術的にも事業的にもゼロがないものでないと、結局成功しないからです。逆にテクノロジーから始まっても、そのテクノロジーが医療上のニーズに合致するような医療機器に応用され、その先のプロセスでゼロがなければ、成功するわけです」

「大事なのは、ニーズ発でも技術発でもコンセプトが正しく、インプリメンテーションが正しく実行されるために『事業化部分』を請け負うプレーヤーがちゃんといて、プロセスに『ゼロ』が1つもつかないように丁寧に仕上げていくことだと思います」
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内田毅彦(うちだ・たかひろ)◎ハーバード公衆衛生大学院修士・ハーバード経営大学院GMP修了。日本人で唯一FDA(米国食品医薬局)医療機器医学審査官を務める。ハーバード・クリニカル・リサーチ・インスティチュート(HCRI、現Baim Institute)リサーチフェロー、ボストン・サイエンティフィック米国本社などを経てサナメディ(旧社名・日本医療機器開発機構)創業。2015年よりAMED「革新的先端研究開発支援事業(LEAP-インキュベートタイプ)」プログラムオフィサー。


