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2025.07.19 14:15

映画「ストレンジ・ダーリン」いきなり第3章から始まる驚き連続のスリラー

映画「ストレンジ・ダーリン」より©2024 Miramax Distribution Services, LLC. ALL rights reserved.

「羅生門」や「21グラム」を参照

「この映画は、脚本を書き始める前から6つの章で構想していた」と語るのは監督と脚本を担当したJ.T.モルナーだが、「最初に思いついたのは真ん中の章」だったという。

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「次に思い浮かんだのが冒頭部分です。そして数週間後にエンディング。この映画は初めから直線的な物語ではなく、後から時系列をいじったわけでもない。章が順番通りに再生されないことは必然的に決まっていて、私のひらめいた通りの順序で再生しなければ、物語が成り立たないこともわかっていました」

このような時間の流れ通りには語らない非線形の構成は、 最初からJ.T.モルナーの頭のなかにはあったようだ。とはいえ、この奇抜な脚本に対して、当初、出演者をはじめ関係者も戸惑いを見せていた。さらに、脚本通りに編集して作品を見せたところ、出資者をはじめスタジオ側はわかりにくいということで、時系列に編集し直したものをつくってきたという。

しかし、それを観たモルナー監督は即座に拒絶。黒澤明監督の「羅生門」(1950年)やアレハンドロ・イニャリトゥ監督の「21グラム」(2003年)などの非線形構成の名作を例に挙げて、自身の構想通りにやらせて欲しいと説得し、作品を完成させたという。もし時系列で語られていたら、単なる実録モノの作品になっていたかもしれないので、彼のストーリーテリングの特異な才能は疑いようもない。

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J.T.モルナーは、アメリカ・ラスベガスの生まれ。両親はともにジョービジネスの世界で仕事をしていたが、父親がラスベガスで「ホーンテッドハウス(お化け屋敷)」を始め、モルナーもそれを手伝っていたそうだ。人を驚かせるという術をそこで学んだことは想像に難くない。

その後、モルナーは2016年に「Outlaws and Angels」という西部劇で長編映画監督としてのデビューを果たす。今回の「ストレンジ・ダーリン」は、前述のように長編映画の監督としては2作目に当たる。作品は、2023年に「Fantastic Fest」でプレミアム上映後、アメリカで最も注目を集める映画評論サイト「Rotten Tomatoes」の批評家スコアで全員から「100パーセント fresh(レビュアーの大多数が推奨)」という評価を獲得する。

「エクソシスト」次回作の監督であるマイク・フラナガンも「崇高なまでに素晴らしい」と大絶賛しており、その才能は映画界でも注目を集めていて、現在は、前出のスティーヴン・キング原作の「死のロングウォーク」の映画化作品の脚本も務めているという。

また映画の冒頭では「35ミリのフイルムで撮影された」という断りも入っており、モルナー監督には映像に対する強いこだわりもあるようだ。技術の進歩で、デジタルで撮影される作品も多くはなっていたが、あえてコストの嵩むフイルムでの撮影を選択している。

モルナー監督に言わせれば、本年度のアカデミー賞作品賞に輝いた「ANORAアノーラ」 (ショーン・ベイカー監督、2024年)も、同じく作品賞などにノミネートされた「ブルータリスト」 (ブラディ・コーベット監督、2024年)もフイルムで撮影されており、近年はフィルムでの撮影が復活しているのだという。

フィルム撮影の効果がもたらす映像のナマな感じは、ミステリでありながらアート作品のような不思議な魅力も醸し出している。加えて主人公が纏う赤い衣装やハンドルを握る真紅の車も視覚的に深い印象を刻むことになる。そのあたりの原色にこだわった色彩設計もこの作品の特徴かもしれない。

映画「ストレンジ・ダーリン」 2025年7月11日(金)新宿バルト 9 ほか全国ロードショー ©2024 Miramax Distribution Services, LLC. ALL rights reserved.
映画「ストレンジ・ダーリン」 2025年7月11日(金)新宿バルト 9 ほか全国ロードショー ©2024 Miramax Distribution Services, LLC. ALL rights reserved.

「ストレンジ・ダーリン」は、時系列のシャッフルはあるが、きちんと全6章にはタイトルもつけられており、それぞれが整然と語られていくので、あまり戸惑うことは少ないと思う。バイオレンスなシーンも頻出するが、むしろ章が進むに従って明らかになる新たな事実やサプライズが意外に快いことも付け足しておこう。

語れば語るほどネタバレとなってしまうため、作品紹介はこのあたりでとどめておく。もうすでに手遅れかもしれないが、これから観るという人には、作品に対する事前情報は極力少なくしておくことをお勧めする。最後に、この作品を1年遅れとはいえ日本での劇場公開に踏み切った配給会社には拍手を送りたい。

文=稲垣伸寿

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