本当に素晴らしいオペラ歌手は多くの聴衆の心を虜(とりこ)にしてしまいます。そこには理屈を超えた人間の動物的な本能が働いています。僕たちが普段話している言葉というのは、文化や歴史によって作られたものです。大きな声で笑ったり話をしたりしたら行儀が悪いなどと言われてしまう環境で、そのような話し方を身に付けています。
でも本当に良い歌手になろうと思ったら、人間の文化的な話し方を一旦取り払う必要があります。体を楽器にするためには、動物的なレベルから声というものをコントロールすることを学ぶ必要があるのです。本当に優れた歌手には野生の動物の遠吠えのように、理屈を超えて人間の心に訴えかける力があるのです。
頭で音楽を聴こうとすればするほど失われる
そして音楽を聴く側にとっては、その理屈を超えた何かを感じ取る力が必要になります。
理屈を超えた何かとは感情です。この遠吠えのメッセージを感じ取るような感性というのは、実は頭で音楽を聴こうとすればするほど失われてしまう傾向にあります。クラシック音楽を知りたいと思って本を手に取って勉強すれば、どんどん新しい情報が入ってきます。しかしこれをやりすぎると、どうしても頭で情報を処理することが先に来てしまうのです。
そうなると、音楽が伝えようとしている感情的なメッセージがどんなものなのか、という本質的な部分が聴こえにくくなってしまいます。
結局大事なのは、頭と心のバランスです。頭で聴いているだけだと心が聴こえなくなってしまいます。でも本能的なだけだと、ある程度楽しむことは可能でも、深い理解には至らないかもしれません。そこにはやはり文化的なものも関係しているからです。
僕はクラシック音楽というものは、本能的な部分においては一般的な尺度での頭の良し悪しには関係なく誰にでも分かるものだと思っています。それはその音楽をただひたすら聴けばよいからです。そしてその心を感じようとすればよいからです。
僕は音楽を聴く人は、まずはその心を感じる、ここから始めてほしいと思っています。音楽の心にじっくりと耳を澄ませていくと、狼の遠吠えに何かを感じるような、そんな感性が育ってきます。さらに興味が出てきたら、ぜひともその音楽が作られた背景や作曲家の人生に触れてみてください。音楽の心の声がよりはっきりと聴こえるでしょう。



