キャリア・教育

2025.07.07 13:30

SNSの悪口は現実化する?有害な言語を「ホープスピーチ」へ

Shutterstock.com

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「悪口」から読み解く「社会の現在地」。悪口をテーマにした書籍などを刊行する南山大学・准教授の和泉悠が提案するのが「希望の言語使用」だ。

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忙しければ忙しいほど携帯のスクリーンにひきつけられる。腰を据えて本を読む時間も、映画を鑑賞する時間もない。ほかに何もできずに、とりあえずSNSを開いてみると、あっという間に時間がたち、徒労感と罪悪感だけが残る。これは私だけの経験ではなく、同じような日常を過ごしている人も多いだろう。

医療科学者による実証的な研究により、ドゥームスクローリング(注1)やSNSの過剰な利用が心身に悪影響を与えることが徐々に判明しつつある(注2)。オンライン空間は、有名人のゴシップや揶揄どころか、個人への明白な暴言や脅迫、社会的マイノリティに対するヘイトスピーチにあふれている。それらを延々と眺めて体に良いはずがないのは、直感的にも明らかである。

SNS言語を過小評価できない理由

恐ろしいのは、SNSが引き起こす有害さは、個人の健康被害にとどまらないところである。イタリアで行われた興味深い実験がある(注3)。参加者として50人ほどの異性愛者が選ばれ、まずランダムに2つのグループに分けられる。どちらのグループも、“leone”(ライオン)、 “Americano”(アメリカン)といった、イタリア語の短い単語リストを見せられる。しかしグループによって、そのうちの1つの単語だけが異なっており、一方のグループは、一般的に男性同性愛者を意味する “gay”の語を、もう一方のグループは、イタリアでの男性同性愛者に対する差別的蔑称(ここでわざわざ印刷する必要はない)を目にすることになる。

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参加者はその後ふたつの課題を行う。ひとつ目は、自由に3つの単語を連想してもらうというもので、蔑称を目にしたグループのほうが、よりネガティブな単語を思いつくという結果になった。蔑称を見るだけで、なぜかネガティブな方向に誘導されたのだ。

ふたつ目の課題は、架空の公共政策に対して資金配分を行わせるというもので、エイズ・HIV対策と不妊治療対策に、どのように予算を割り振るかを参加者に選んでもらう。ここで大事なのは、少なくともイタリアでは、エイズ・HIV対策はより男性同性愛者の利益につながり、不妊治療対策はより異性愛者の利益につながる、という一般的な認識があることである。つまり、異性愛者の参加者が、もしエイズ・HIV対策の予算を減らして、不妊治療対策への予算を増やすなら、より自分たちの利益になる選択をしたということになる。

そして結果は、蔑称を目にしたグループのほうが、まさに、より不平等な予算配分を行い、自分たちの利益が高まるような選択をしやすくなったのだ。

偶然、一方のグループに、ネガティブな人間ばかり集まったとか、同性愛者に対して敵対的な人間ばかり集まった、ということはありえない。これは、単に、たったひとつの差別的単語を見ることが、その後何をするかという行動に影響を与えることを示しているのである。

さらに驚くべきことは、同じ研究チームにより、単語を見せる時間がいわゆるサブリミナル(意識に上る閾値以下)の、13ミリ秒(1,000分の13秒)でも、偏見を示唆するような行動を助長することが示された点である(注4)。


注1:doomscrolling:主にSNS上でネガティブな情報を次から次へと過度に消費し続けること。

注2:例えば、次の記事はドゥームスクローリングに関するいくつかの研究をまとめてくれている。Maureen Salamon, 2024, “Doomscrolling dangers,” Harvard Health Publishing, https://www.health.harvard.edu/mind-and-mood/doomscrolling-dangers(最終アクセス2025年4月15日).

注3:Fasoli et al. 2015 “Labelling and discrimination: Do homophobic epithets undermine fair distribution of resources?” British Journal of Social Psychology.

注4:Fasolietal. 2016 “Not “just words”: Exposure to homophobic epithets leads to dehumanizing and physical distancing from gaymen,”European Journal of Social Psychology.

次ページ > SNS上にあふれる「有害言語」

文=和泉悠 企画・編集=一般社団法人デサイロ

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