「排除するのではなく包摂をしよう」そうした社会的理念を掲げることはホープスピーチの例となる。もっと個人レベルの話題としては、「どうせ自分なんて」「絶対うまくいかない」といった諦めを述べるのではなく、「自分ならきっとできる」「絶対に成功してほしい」といった目標や期待について前向きに語ることもホープスピーチになる。
そうしたホープスピーチを、AI技術を使い自動的に検出し、より広く人の目に触れるようにすることはできないだろうか。表現規制は、言ってみれば滅菌手段である一方、ホープスピーチの増進は、善玉菌への働きかけのようなものである。まるで健康な腸内環境を促進させるように、健全な情報空間を促進させることはできないだろうか。これはディストピアじみた管理社会への第一歩なのだろうか。私はそうは思わない。今のままではホープスピーチが極端に少なく、あまりにも揶揄や冷笑など毒性の高いことばが多いからである。筆者らの研究によると、特定の主題のYouTubeニュース動画についたコメントのうち、希望的なものは全体の2%程度に過ぎなかった(注9)。
ミルクはスピーチを聴くすべての人々に語りかけ、「あなたが、あなたが、あなたが、あなたが人々に希望を与えなければなりません」と締めくくる。ここでも希望的な予測を述べるならば──単なる「願望」ではなく「希望」、つまり十分に現実味がある──今後、分断とヘイトの時代には必ず揺り戻しがきて、人々が希望のことばを語る時代が来るだろう。人間が環境によって悪口を言うのなら、環境によって希望を口にするだろう。私たちには、より毒性の低い情報環境の整備のために、できることがたくさんあるはずだ。
注9:和泉悠 et al. 2024「ホープスピーチ研究のための日本語データセット」『言語処理学会第30回年次大会発表論文集』。
和泉悠◎南山大学人文学部人類文化学科准教授、南山大学言語学研究センター長、PhD(メリーランド大学)。専門は言語哲学、意味論。著書に『名前と対象 固有名と裸名詞の意味論』(勁草書房)、『悪い言語哲学入門』(ちくま新書)、『悪口ってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、などがある。


