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2025.07.05 11:00

なぜ香りは記憶を鮮明に蘇らせる? 視覚より強い「嗅覚」の力

Getty Images

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焼きたてのクッキーの香りを嗅ぐと、懐かしい祖母の顔が浮かぶ。気がつけばそこは祖母の台所だ。私は子どもの姿に戻り、オーブンを覗き込みながらクッキーが黄金色に焼き上がるのを待っている。

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この瞬間的な記憶の旅は、嗅覚と記憶が結びつき、それに脳が反応することで起こる。香りは記憶のみならず、そのとき抱いた感情をも呼び覚まし、過去と現在を瞬時に結びつける。

Brain Sciences(ブレイン・サイエンス)誌に掲載された2016年の研究で、認知神経科学者のレイチェル・S・ハーズは、香りは記憶を引き出すだけでなく、幸福感を高める働きを持つと指摘している。

幸福な記憶と結びついた香りは、幸福な感情を高め、落ち込んだ気分やストレスを和らげ、過食を防ぎ、さらには体内の炎症まで軽減させるという。

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ではなぜ、懐かしい香りは私たちを一瞬で遠い過去へと連れ戻せるのだろう? この記事では、香りが記憶や感情と深く結びついている理由を3つの科学的視点から紹介する。読み終える頃には、「香りによる時間旅行」が心を癒やす力を秘めていることにも気づいているはずだ。

1. 脳科学が示す「香りが感情を揺さぶる」理由

嗅覚がこれほどパワフルに記憶を呼び起こす理由は、脳までの到達経路にある。記憶中枢に到達するまでに長く込み入った経路を取る視覚や聴覚とは異なり、嗅覚はまっすぐ脳まで到達する。

ハーツは過去の研究で、異なる感覚(嗅覚、視覚、聴覚)による記憶と感情の関連性について解説している。キャンプファイヤーや刈りたての芝生の匂いを嗅いだときと、それらを絵や音で示されたときとを比較した実験では、匂いを嗅いだときの方がより感情を伴った力強い記憶を呼び起こすことが明らかになった。

想像してみよう──特急列車が途中の駅に止まらず、猛スピードで目的地へ向かう様子を。嗅覚はまさに急行列車だ。嗅覚情報処理に関わる脳領域の嗅球は、記憶と感情をつかさどる海馬と扁桃体のすぐそばにある。よって香りは寄り道なく、一直線に海馬と扁桃体に到達する。

ハーツはまた、香りによって引き起こされる記憶はしばしば鮮明で、心を揺さぶるものになると説明する。視覚が思い出を心に映し出すとしたら、嗅覚は過去の場面に私たちを引き戻し、それがまるで今起こっているかのような生き生きとした体験をもたらす。

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翻訳=猪股るー

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