経営の指針に「仏教」の教えを取り入れる経営者が多くいらっしゃいます。
例えば故松下幸之助氏や、京セラ・創業者の稲盛和夫氏はよく知られていますし、アップルの創業者スティーブ・ジョブズも禅に魅せられ、瞑想の時間を大切にしていたそうです。経営にも役立つ、「仏教」の教えとはいったいどんなものなのでしょうか。私は、厳格な仏教徒ではありませんので、冠婚葬祭などで縁のある浄土真宗から考えました。
親鸞は、平安末期から鎌倉時代中期にかけて生きた僧侶で、のちに浄土真宗を興した人物とされています。
親鸞は、9歳で出家し比叡山に入山。20年という長い年月をかけて、「仏」として目覚めるための厳しい修行を積みました。しかし、納得のできる境地には至らず、自分の進むべき道を示すお告げを得ようと、京の町に立つ六角堂で百日の参籠に臨みました。その修行をきっかけに、生涯の師となる法然に出会い、心から満たされる教えを知ったのです。
法然は「念仏ひとつですべての者が救われる」と説きました。これは仏教教団が尊重してきた修行や儀式、法要をすべて無用とした教えで、既存の教団にとっては受け入れがたいものでした。
また、仏教では僧侶が肉食妻帯することを禁じていましたが、親鸞は妻帯した日本初の僧侶だと伝えられています。必要であれば酒も飲みました。法然の教えは、庶民層に熱烈に支持されました。それは、死後は「浄土に行き仏になりたい」と願う、人々の最大の欲望が満たされる教えだったからでしょう。
本書を含めた「親鸞」シリーズは、親鸞が生まれてから法然に出会い、非難や弾圧に耐えながら師の教えを語りついだ、90 歳の生涯が三部構成でまとめられています。伝記でもなく、研究書でもない、小説ですから、豊かな人物描写と時代背景を楽しみながら一気に読み進めることができます。
地位や名誉、財産など人間には、いろいろな欲望がつきまといます。その欲望に惑わされず、経営者はみなのための正しい決断をしなくてはなりません。同時に、多くの人にとって魅力ある商品・サービスを生みだすことも必要です。どちらも人間そのものを理解していなければ成り立ちません。多くの経営者が仏教の教えを経営に取り入れるのには、「人を理解したい」そんな想いがあるからなのかもしれません。
また、親鸞のように経営者にもよき師が必要です。私の師は、創業者である父でした。戦後の動乱の中、一代で会社を立ち上げた父とはよくぶつかりました。従業員に私たちの怒鳴り合う声が聞こえるほどでした。いま思い起こせば、ふたりが両輪となり会社を成長させることができたのかもしれません。
けんかばかりだった父が、最後に言ってくれた「ありがとう」が、これからも私を強く支え続けてくれるはずです。
Title 親鸞
Author 五木寛之
Data 講談社文庫 562円+税/368ページ
◎五木寛之
1932年、福岡県生まれ。
戦後、朝鮮半島より引き揚げる。早稲田大学文学部ロシア文学科中退。66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。代表作は『朱鷺の墓』『戒厳令の夜』『風の王国』『百寺巡礼』『大河の一滴』など。