放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」に、JR東日本代表取締役社長の喜㔟陽一さんが訪れました。スペシャル対談第18回(前編)。
小山薫堂(以下、小山): 喜㔟さんは国鉄が民営化されたときに入社した、いわゆる「JR世代」ですよね? そもそも東大の法学部から鉄道業を選んだのはなぜですか。
喜㔟陽一(以下、喜㔟):「効率性」ばかりが重視されがちですが、法学部に進んだのは「公平」や「正義」という、ものの考え方に興味があったんです。
小山:法律をつくるとかではなく、考え方として学びたかった?
喜㔟:ええ。あと、私が就職活動をしたのは1988年、国鉄改革直後で。やはり革命後のような余燼が漂っていると言いますか、「これからすべてを創っていく、大きな可能性がある」と感じました。
小山:入社後は人事畑で活躍されたとか。いちばん大切にしてきたものは何ですか。
喜㔟:成長の基盤は「人」ですので、社員が自身の成長と働きがいを実感できる制度づくりに取り組んできました。鉄道事業に携わり続けたい社員もたくさんいますが、一方でホテルをやってみたいとか、小売りをやってみたい、駅弁をつくってみたいという社員のさまざまなキャリアデザインにも応えたいと。ですから、弊社グループのホテルのフロントには、以前は運転士だったという人もいます。
小山:ご本人の希望で?
喜㔟:社内公募制があります。ちなみに小山さんは運転士と車掌だったらどちらをやってみたいですか。
小山:車掌さんでしょうか。お客様と直接触れ合えるし、自分の思いでいろんなことを伝えられそうな気がします。
喜㔟:実はいまは「今日は車掌、翌日は運転士」ということができるんです。運転士になっても常にお客様との接点はもっていたいということで。また、チャレンジ精神を培うために、「海外体験プログラム」という1-2カ月の短期留学制度もつくって、毎年200人ほどを武者修行体験に送り出しています。
小山:皆さん、どこでどんな体験を?
喜㔟:プノンペン、ジャカルタ、マニラ、インドのプネ、ハノイなどアジア圏が主で、午前中は語学学校に通い、午後は自ら決めたテーマにチャレンジします。鉄道に限定せず、例えば「スポーツがどういう形で地域貢献しているか」をリサーチする社員もいる。成果ではなくチャレンジすることがみんな逞しくなって戻ってきますね。
小山:「チャレンジ」という言葉が喜㔟さんのお話には多いですね。熊本県知事をされていた蒲島郁夫さんの口癖は「皿を割れ」なんです。皿洗いを率先するからいくつか割れるのであって、割らないために何もしないという人は評価しないと。
喜㔟:いま掲げている成長戦略のコンセプト「Beyond the Border」と同じですね。小さな一歩でもいいから前に踏み出す勇気をもとうと呼びかけています。



