2. 人の脳は、意味をつくる機械
人の脳は、ただ事実を求めるだけでなく、ストーリーを欲する。私たちは実際の経験を、一貫性のある物語へとまとめあげる生得的傾向をもっている。この傾向は、恋愛の破局や拒絶といった、感情を揺さぶられる状況を理解しようとするときに、とりわけ顕著になる。
このような反応は、本質的に適応的だ。人生が混沌に陥ったように感じられるときにも、物語を紡ぎ出すことで、秩序の感覚を取り戻せるからだ。しかし、これには代償もある。感情的な関与が大きい状況では、分かりやすく理解でき、安心できるストーリーに手を伸ばしてしまうかもしれない──たとえそれが、完全に正確とはいえないものであっても。
「私が相手の期待に応えられなかったから、振られてしまったのだ」と自分に言い聞かせるのはつらいことだが、そうしたストーリーはコントロールの感覚を与えてくれる。問題が自分にあるなら、次はもっとうまくやれるかもしれない。しかし現実には、往々にして真実は重層的であり、自分でどうにかできることばかりではない。
2003年に学術誌『Journal of Social and Personal Relationships』に掲載された論文では、90人の研究参加者に破局の経緯を尋ねて分析した結果、ストーリーを語ることそのものだけでなく、ストーリーの構造と完全性が、人々がどう感情的に適応するかに関して重要な役割を果たすことが分かった。
因果関係や感情的洞察、意味の発見といった要素を含むストーリーを語った参加者は、よりうまく前に進むことができていた。しかし、こうした要素が欠けている場合、あるいは、ストーリーが自責・他責や、過度の単純化に偏っている場合、心の傷を癒やすのはより困難であることが示唆された。
つまり、このように意味を見出す反応は、人間の本質に織り込まれている。しかし、ただそれに身を任せるだけでは、自分への足かせとなるような信念の形成につながりかねない。
複雑さを盛り込み、ニュアンスに重きを置き、決して全容を知り得ない部分を残した物語を語るように心がけよう。傷を癒やすのに、確実性は必要ない。必要なのは思いやりと、時には少しだけ物語性を抑えることなのだ。


