神経生物学とユーザーデザインの融合
デートアプリにおける1回1回のスワイプ(候補者のプロフィールを左右に動かして、「いいね」や「スキップ」などの意思を表明すること)は、単なる何気ない動作ではない。そのスワイプは、脳の報酬系を活性化させ、快感と動機づけに関係する化学物質、ドーパミンの奔流を引き起こす。時が経つうちに、期待と「間欠的な報酬」のループから、ギャンブルで見られるものに似た、嗜癖(しへき)行動パターン(依存症的な行動パターン)が生まれることもある。
だが、脳のかたちを変えるのは、ドーパミンのスパイクだけではない。アプリでマッチが成立しなかったり、会話や関係がいきなり途切れたり、その気もないのに思わせぶりなことを言われたり、やんわり拒絶されたりするうちに、脳のストレス回路が活性化する。主要なストレスホルモンであるコルチゾールが急増し、その結果として不安が増加し、感情調節障害が生じる。慢性的になると、燃え尽き症候群(バーンアウト)につながる。
生物人類学者でMatch.com(マッチ・ドット・コム)の首席科学顧問でもあるヘレン・フィッシャー博士が、著書『人はなぜ恋に落ちるのか?――恋と愛情と性欲の脳科学』(邦訳:フリュー)のなかで説明しているように、人間の脳は、徐々に進展する深いつながりのために進化してきたものであり、アプリでのやり取りのようなペースの速い取引には適応していないのだ。
私たち人間の神経回路は今でも、ゆっくり築かれる「信頼と結びつき」に応じたつくりになっている。現代のデジタルマッチング文化の特徴である、ちょっとしたつながりと、そそくさとした拒絶がめまぐるしく差し出されるビュッフェに適応しているわけではない。デートアプリは、進化によってできた人間のシステムにとっては耐えられない形で、神経生物学を利用しているのかもしれない。そしてそれは、感情のレジリエンス(回復力)と精神衛生に現実的な影響をもたらす。
メンタルヘルスの悪化――さらに詳しく
デートアプリを使用することがメンタルヘルスに与える影響は、何度かのひどいデートや傷ついた自尊心にとどまらず、それよりもはるかに広いところにまで及ぶ。最近の研究によって明らかになりつつある、懸念すべき全貌について、概要を以下にまとめよう。
・社会的比較:デートアプリのユーザーは必然的に、かなり編集されてフィルターのかかったプロフィールと自分自身とを比較することになり、それが非現実的な「美の基準」の内面化につながることも多い。そうした状況に繰り返しさらされると、とりわけ若年成人では、自己評価が低下し、無力感が膨らみ、ボディイメージに対する不満が増す。
・拒絶感受性:小さな拒絶(マッチが成立したのにメッセージを送ってこない相手や、唐突に終わる会話など)が時とともに積み重なると、情動的反応が強まる。脳が、デフォルト状態として拒絶を予期しはじめ、レジリエンスが低下し、無力感が補強される。
・うつと孤独:デートアプリのヘビーユーザーは、使用していない人に比べて、臨床的うつ病、感情の麻痺、持続する孤独感といった症状を経験する傾向が有意に大きいことが、いくつかの研究で示されている。
・身体醜形(しゅうけい)障害と摂食障害:『BMC Psychology』に掲載された研究では、デートアプリの頻繁な使用と、身体醜形障害の症状や摂食障害行動の発現との間に相関性があることが示されている。外見重視のやり取りに絶え間なくさらされていると、身体への不満足感と、不健全な自己分析が助長される。
デートアプリは、「つながる相手が無限にいる」という幻想を提供する一方で、多くのユーザーの場合、現実の感情はそれよりもはるかに複雑だ。孤独感が増し、自尊心が低下し、本物の人間関係にまつわる自信が徐々にむしばまれていく。


