「教師には秘書をつけよ」
『教育をどうする』(岩波書店編集部)という題の430ページに及ぶ発言集が手元にある。
1997(平成9)年、神戸市須磨区で小学5年生の頭部を中学3年生が切断し、校門にさらした連続殺傷事件(酒鬼薔薇事件)後わずか5カ月弱で編纂、各界識者316名の発言をまとめた大著。その中に収められている精神科医笠原嘉氏の「中学校の先生方にもう少しよい待遇を」という千文字提言に深くうなずく。
笠原氏は、「師弟という彫りの深い特別の人間関係」が成立しにくい時代において、とりわけ中学での教師との出会いは運命的だという。その理由を、青年期の神経症や心理的不調の開始点が中学にあることを挙げる。その中で、中学教師の給料を一倍半にしたいが、現状無理なのはわかるので、代わりに 1.教師何人かに一人の割合で秘書をつける 2.担当生徒数を減らす 3.部活動の兼任を廃する、と提言している。
これは同じく「先生」と呼ばれる医師にも当てはまると感じる。医療分野では診療補助スタッフに手当が出る仕組みがある。先生受難の時代、といっても大げさではない気がする(前回・前々回にも関連した文章を掲載)。
最後に一言、教育の英語訳Educationについて。その語源はラテン語で外へ(Ex=Ed)と引き出す(Ducere)という意味。
子どもたちひとりひとりの潜在能力(Potential)を引き出し、外(社会)へ広げてやるのが、教育の本質であり、教師の役割ではないか。15年前、突然バレーボール部を辞めた「桐島」のポテンシャルは、まだ十分に引き出されていなかった可能性がある。


