働き方

2025.05.13 14:15

15年前に部活をやめた「桐島」と『教師には秘書をつけよ』論

突然バレーボール部を辞めたキャプテン桐島を地模様に描いた青春オムニバス小説『桐島、部活やめるってよ』(集英社文庫、単行本は2010年刊)

「ブカツ」の起源は東大ボートクラブ

「部活」ときいて、おそらくほとんどの人が思い浮かべるのは、中学の運動部ではないか(吹奏楽部は内容から運動部扱いでよい)。私も中学時代、野球部と合唱部(途中で転部)で過ごした日々を思い出す。

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この問題は教員の働き方改革とは別に、昔から議論されてきた。記事でコメントした神谷教授の著書『運動部活動の教育学入門 歴史とのダイアローグ』(大修館書店)に詳しい。

部活動を考察する書籍は幾つも出版されている
部活動を考察する書籍は幾つも出版されている

著者は運動部の歴史を戦前までさかのぼる。

1877(明治10)年頃、東京大学にボートクラブがあったようで、彼ら学生がスポーツを小・中等学校に広める役割を果たした。1907(明治40)年には早くも、対外試合で過熱化した運動部活動の弊害が全国中学校長会によって指摘されている。

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昭和に入ってから、運動部活動は国による管理統制が進み、体育教科と共に軍国化に利用されていく。そして、敗戦。戦後の転換点は1958(昭和33)年、改訂で学習指導要領が法的拘束力を持ったこと。本来、自発的活動であるクラブ・部活動に、教育活動としての「全員参加」という矛盾が生じたと著者は記す。

1964(昭和39)年の東京オリンピックを機に対外試合基準が緩和され、教師の負担が増大した。その5年後から運動部活動の地域移行開始。国は対策として授業時間内に学習指導要領に基づいて行う必修クラブを新設し、従来の部活動を教育課程外活動として位置づけた。

しかし、必修クラブと部活動の関係矛盾は解消されず、文部省と日教組のバトルの結果、必修クラブは廃止された。その結果、教員の時間外手当をめぐる争いは、教員の仕事に自主性という名の境界線を引くのは困難という大義名分のもと、1971(昭和46)年成立した給特法(正式には国立及び公立の義務教育諸学校等の給与等に関する特別措置法)に収束された。

同法で超勤手当が認められるのは 1.生徒の実習 2.学校行事 3.教職員会議 4.非常災害 の四項目。つまり、どれだけ部活動で時間外勤務しても、みなし残業手当の一定少額しか得られず、教師の“ブラック化”に繋がっていく。

YouTubeフォロワー数70万人、「静岡の元教師すぎやま」とは?

その辺りの事情を赤裸々に描いた本が『教師の本音 生徒には言えない先生の裏側』(SB新書)だ。著者は「静岡の元教師すぎやま」と名乗る10年以上中学校で働いた男性。2018(平成30)年に退職し、YouTuberとして学校の実態を伝えるや動画は多数に視聴され、現在のフォロワー数は70万人を超えるという。

現場教師の実情を生々しく描く「教師の本音 生徒には言えない先生の裏側」(静岡の元教師すぎやま著、SB新書)
現場教師の実情を生々しく描く『教師の本音 生徒には言えない先生の裏側』(静岡の元教師すぎやま著、SB新書)

同書で部活指導の裏側として、私生活を犠牲にする教師の現状に1節を費やしている。

著者自身、新卒の年にほとんど未経験の野球部顧問を命じられ、朝練に土日にとフル稼働。試合中、保護者から「おい、なんで今のところバントなんだよ⁉」とヤジを飛ばされた経験が記されている。

そして、「部活の地域移行」については、失敗すると予想する。理由は20年も前から試みられ成功していないからと、中日新聞記事や神谷教授著書と合致する内容が書かれている。

ではどうすればよいのか?

次ページ > 「部活動は学校から切り離すべき」

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