そもそもは、タイを震源とするアジア通貨危機に周辺国である韓国も巻き込まれたかたちだが、本作は国内状況に描写を絞っているため発端のあたりは詳しく描写されてはいない。
あと一週間で国家が破産することを見通し強い危機感を抱いたハンは、自らのチームを率いて財政局次官のパク(チョ・ウジン)に「国民に知らせるべきだ」と進言するも、相手にされない。国民の生活を守らねばならないという使命感で動くハン及びそのチームは完全な創作の産物だが、パクは経済危機を国民から隠蔽しようとした当時の韓国政府を象徴していると見て良いだろう。
そんな中ユンは、元顧客を集めて今がチャンスと煽り立て、彼の賭けに乗ってきた資産家の多額のウォンをドルに替え、暴落した株や不動産を買い叩いていく。彼にとっては、自分さえ大金を掴めれば世の中がどうなろうと知ったことではない。
一方、大手のデパートから大量発注を受けて舞い上がったガプスは、経理を預かる共同経営者にも背中を押され、それがすぐに紙屑となることも知らず手形決済で受けてしまう。間もなくデパートが不渡りを出し債権者が押しかけ、次々と企業が倒産していく中で、ガプスも限界まで追い詰められていくことになる。
正反対の立場になるユンとガプスの違いは、冒頭近く、ラジオの音声への反応に描かれている。経済ニュースより楽しそうな歌謡番組を選ぶガプスに対し、ユンはたまたま耳に入ったハガキ投稿を紹介する番組での、失業者の増加という情報に敏感に反応、実際にラジオ局まで確認に出かけている。
多くの人はガプスであり、ユンのようなタイプは稀だ。”抜け駆け”の成功はごく少数者だから成り立つ、それが資本主義社会の宿命である。本来は、ガプスのようにコツコツ働く中小企業主が守られねばならないのだが、事態は正反対の方向に動いていく。
韓国政府の代表として描かれるパクは、危機を回避し国民を守るための行動を一切取らない。メディアが発表する政府の見解は「一時的混乱」という曖昧なものだ。彼がこっそりと「国家破産」の情報を流すのは、大手企業グループの会長の息子である。
経済に疎くまったくやる気がなさそうなこの道楽息子を、なぜパクが抱き込むのかは明白だ。通貨危機により韓国経済は数年にわたって混乱し、一部の大企業を除いて様々な構造変化が起こることが予測される。当然それは政治にも強い影響を及ぼすだろう。実際この危機を乗り切れなかった韓国では、与党が選挙で惨敗し大統領が交代した。つまりパクは、事が起こったずっと後の自分の優位な立場を確保しようとしているのだ。
仕事上の立場を危うくしても社会の崩壊を少しでも食い止めようとするハン。社会になど関心はなく徹底して自分本位で突き進むユン。社会を信頼してきた愚直で無防備なガプス。社会を欺き当面の保身と更なる上昇を図るパク。性別も世代も社会的位相も異なるそれぞれの違いは、後半になるについてより一層くっきりと際立ってくる。
ちなみに、正義の人・ハン、悪役・パク、善良な市民・ガプスは比較的定型通りの人物造形だが、ユンにはチラッとニヒリズムが垣間見えるところが興味深い。


