とはいえ、大学生の私には、アフリカ行きのつてがありません。そこで、私が頼ったのは、ピースボートというNGOでした。当時の東大の構内、とくにトイレには、たくさんのビラが貼ってあり、そのひとつがピースボートでの世界一周の船旅のチラシでした。そこで、思い切って、難民キャンプでボランティアをしたいので、「アフリカに行きたい」と相談してみました。
そうしたところ、吉岡達也さんというピースボートの共同代表が相談にのってくれて、「エリトリアというアフリカで独立したばかりの国で、憲法制定などの法律作りを進めている。そこで、法律作りの手伝いができるのではないか? 司法試験に受かったのなら、役に立てるかもしれない。」と提案してくれました。
アフリカで一番新しい国で法律作りを手伝うという想定外の提案をされ、すっかり夢中になってしまいました。
とはいえ、エリトリア政府がボランティア募集しているわけではありません。日本から連絡しても、電話はすぐに切られてしまうし、全くらちがあきませんでした。
そうしたところ吉岡さんはまた新たな提案をしてくれました。「ピースボートに乗ってエリトリアに行き、法務大臣に会ってお願いしよう」というのです。そんなことできるの!?と驚きましたが、ファックスでも電話でもダメなのですから、直談判に賭けてみるしかありませんでした。
大学3年生だった私は、ピースボートの世界一周の船に乗り込み、エリトリアに行きました。そして現地でつてをたどったところ、なんと本当に法務大臣と会えることになったのです。
極度の緊張の中で、法務大臣に対し、「エリトリアの法律作りにボランティアとして1年間参加したい」とお願いしました。数秒の沈黙の後、大臣は、「受け入れましょう」と快諾してくれたのです。
そんなわけで、大学4年生の1年間を、私はエリトリアで過ごしました。大学時代の1年間をアフリカで過ごしたことは、私の人生の転機となり、計り知れない糧となりました。


