「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」、これは古代ローマの政治家カエサルが残したとされる言葉です。人間なら誰しもがもつバイアス。ビジネスの世界では時にリーダーの創造力や意思決定力を削ぎ、イノベーションの創出を妨げる足枷となります。
それを外す手がかりを、アメリカを代表する写真家、アレック・ソスの作品で発見しました。今回は、昨年10月から今年の1月にかけて東京都写真美術館で開催された展覧会「A Room of Rooms」の展示作品から、多くの日本人には見えていないアメリカの社会や文化、政治の真実を読み解いていきます。
とらえるのは「ラストベルト」の人たち
アレック・ソスの写真作品に触れると、独特の美しさと静謐さ、そこはかとない違和感に見入ってしまいます。彼はロードトリップという手法を取り入れ、初期の作品集「Sleeping by the Mississippi」ではミシシッピ川沿いを旅しながら、そこに住む人々を撮影していきました。
今、世界で写真技術はすでに成熟期を迎え、誰が撮ってもそれなりに美しい作品が撮れる時代になりました。しかし、アレック・ソスのように優れた写真を撮るためには、被写体との信頼関係をしっかりと構築し、心を許してもらったタイミングをとらえていくやり方が効果的です。
つまり、どんな作品のコンセプトを描くのか、そのためにどこでどのような人と出会って気持ちを通わせ、最後はどの瞬間にシャッターを押すのか、作品づくりのプロセス全体がとても重要で、かつ難しいものなのです。そしてファインダーに収められた人たちの背景には一体何があるのかをあわせて読み解くことで、社会の深層が見えてきます。
ソスは撮影場所として、前述のミシシッピ川流域に加え、アメリカの中西部から北東部にかけて伸びる「ラストベルト」と呼ばれる寂れた工業地帯付近を意図的に選んでいます。
我々日本人の多くが、ニューヨークやサンフランシスコなどといったアメリカの大都市を知ってはいても、ソスが好んで撮影するそれらの土地には馴染みがありません。なお、音楽についてはミシシッピー川流域ではブルースが発展し、ラストベルトではカントリーが人気です。頭に好きな曲を思い浮かべながら、続きをお読みください。
「スイングステート」の重要性を日本人は理解していない
アメリカでは今年の1月20日、ドナルド・トランプ大統領の第二期政権が発足しました。今回も激しい大統領選となりましたが、トランプの再選には「ラストベルト」に位置するペンシルベニア州、ウィスコンシン州、ミシガン州、3州での勝利が重要な役割を果たしました。これらの州は、選挙のたびに民主党と共和党の間で勝利が揺れ動く「スイング・ステート」として知られ、大統領選の行方を大きく左右します
3州の人口は合計で2800万人を超え、産業構造や人口構成の多様性など、社会・政治・経済の面で全米の特徴がよく現れています。そのため「アメリカの縮図」と表現されることもしばしば。いずれもかつては製造業で隆盛していたものの、グローバル化で新興国へ工場が移管されたことなどが原因で衰退し、厳しい生活を強いられている人々が多いエリアです。
大統領選ではそうした人々が、理想主義の民主党を選ぶのか、それともより現実的で即効性重視の政策を掲げるトランプを選ぶのかで揺れていたわけです。この3州には伝統的に民主党支持者が多く、前回の大統領選ではジョー・バイデンが制しましたが、今回はトランプが勝利。これによって、大統領選の流れがトランプ有利へと変わりました。



