どんな生物も生息できなそうな場所であっても、巧みに生き続ける生物はいるものだ。
海底の熱水噴出孔から、強アルカリ性の水をたたえるアフリカのクレーター湖、南極の火山にある氷の洞窟まで、進化は、地球上で最も過酷な環境さえも、豊かな生態系に変えてきた。
しかし、ルーマニアのモビラ洞窟ほど、極端で不気味な場所はほとんどない。
この地下のタイムカプセルは、500万年以上ものあいだ、分厚い石灰岩と粘土の層に覆われ、外界から完全に切り離されていた。
その奥深くには、太陽の光が差し込んだことがまったくなく、そこにある空気は、有毒ガスの混合物だ。もし閉じ込められとしたら、地球上のほとんどの生物は数分以内に死んでしまう。
ただし、すべての生物ではない。
この洞窟の中では、陸上ではほとんど見られないプロセスが働き、ユニークな生態系が、完全に孤立した状態で繁栄している。この自立した世界は、「生命が必要とするもの」に関する我々の理解に疑問を投げ掛けており、ほかの惑星の生命に関する手がかりを与えてくれる可能性さえある。
モビラ洞窟は、光合成なしで生命を育んでいる
モビラ洞窟は1986年、原子力発電所の建設用地を探しているときに偶然発見された。
初めて足を踏み入れたルーマニアの地質学者、クリスティアン・ラスクは、これまでとはまったく異なる世界にいることに気づいた。狭いトンネルが深く曲がりくねったネットワークを形成し、その奥に、微生物の泡が浮かぶ湖があった。
ここからが本題だ。この洞窟に暮らす生命は、光合成を行なっていなかった。
ほかのすべての生態系では、生命は太陽の光によって維持されている。深海環境でさえ、食物連鎖は多くの場合、上から落ちてくる有機物によって支えられている。しかし、モビラ洞窟は密閉されている。つまり、外部から栄養が入ってこないということだ。
では、生命はどのように存在し続けているのだろう?
その答えは化学合成だ。この洞窟では、食物連鎖の起点に太陽光がなく、内部の有毒ガスからエネルギーを取り出す細菌に生態系が依存している。これらの微生物が、メタン、アンモニア、硫化水素を酸化し、生態系の繁栄に必要な栄養を生成しているのだ。
太陽光がなく、酸素が薄くても問題ない
モビラ洞窟に足を踏み入れると、まるで別の惑星に降り立ったような気分になる。酸素濃度は7~10%にすぎない(通常は21%)。二酸化炭素濃度は、地上の最大100倍に達する。
空気には硫化水素も混入している。腐った卵のようなにおいで悪名が高く、高濃度だと呼吸不全を引き起こす気体だ。湖の水も同じくらい過酷だ。溶存酸素はほとんどなく、有毒化合物が高濃度で含まれている。
ほとんどの生物にとって、これは死刑宣告に等しい。
しかし、洞窟内の細菌は、これらの化学物質を利用して増殖し、壁面や水面に、厚い微生物マットを形成している。こうした細菌のコロニーが、洞窟に暮らすほかの生物の主な食物源になっている。