洞窟にはヒル、クモ、カニムシ、ムカデ、ワラジムシなどの無脊椎動物から成る生態系があり、この生態系全体を、上述した細菌が維持している。驚くべきことに、モビラ洞窟の生物は、数百万年にわたって完全に孤立した状態で進化し、地球上のどこにも存在しない37の固有種が生まれた。
研究の結果、これらの微生物は高度に分化しており、1年足らずで、ミネラル豊富な新しい環境に適応できることがわかった。
科学者たちが洞窟内にさまざまな種類のミネラルを導入すると、微生物群はそれに応じた組成に変化した。この適応能力は、モビラ洞窟の生命が、いかに効率的に化学資源を利用できるようになっているかを示唆している。
モビラ洞窟は、世界で最も立ち入りが制限されている場所の1つ
モビラ洞窟へのアクセスは厳しく制限されており、毎年数人の研究者のみが立ち入りを許可される。これはかつて、「世界で最も厳重に保護されている木」へのアクセスが厳しく制限されたのと似ている。その目的は、モビラ洞窟の過酷な環境から探検家を守るためだけでなく、生態系の微妙なバランスを維持するためでもある。
人間がただ呼吸するだけでも、酸素と外来微生物が環境に入り込み、何百万年も安定を保ってきた生態系を崩壊させる可能性があるからだ。
この隔絶された世界では、生命が、奇妙だが魅力的な方法で進化してきた。多くの生物は完全に盲目だ。光のない環境では、目があっても役に立たない。また、多くの種が色素を失い、まるで幽霊のように白や半透明になっている。
さらに、洞窟に適応したタイコウチ(Nepa anophthalma)のように、真っ暗な洞窟内を移動するのに適した、細長い脚と触覚を持つ種もいる。この有毒な世界の頂点捕食者は、「モビラ洞窟の王」の異名を持つムカデ「Cryptops speleorex」や、よどんだ水たまりで狩りをするヒルなどだ。
過去の地球や異世界を垣間見るような体験
モビラ洞窟は、単に科学的好奇心を満たすための場所ではなく、古代の地球をのぞき見るための窓でもある。内部の環境は、生命が誕生した数十億年前の地球とよく似ている。
地下の無酸素環境に化学合成細菌が存在することは、初期の生命が、同様の環境で誕生した可能性を示唆している。さらに興味をそそられるのは、このような環境が地球以外にも存在する可能性があることだ。
科学者たちは長年、火星や氷に覆われた木星や土星の衛星といった他の天体には、太陽光にまったく依存しない生命が存在するのではないかと考えてきた。太陽光の代わりに化学反応を利用すれば、地下の隔絶された環境で生き延びることができる──モビラ洞窟の生物たちのように。
この「有毒」洞窟は、ルーマニアの地下に隠された異世界であり、自然の研究室だ。そして、生命は想像を絶するほどたくましいものであり、地球上で最も過酷な場所でも生き延びるすべを見つけられる、ということを思い出させてくれる。
この有毒洞窟で生命が繁栄できるのであれば、宇宙のどこかに根付く生命も、きっと存在しているのではないだろうか。