──こうした現状をどうすれば乗り越えていけるのでしょうか。
ガブリエル:「十字架のうちにバラを見よ」とはドイツの哲学者ヘーゲルの言葉です。醜悪なもののなかにも美を見いだすという意味です。例えるとトランプを憎み、米国の大統領なんかじゃないというのがアイデンティティ・ポリティクス。一方、彼はリスクではあるが、近代資本主義陣営の一員であり、民主的選挙で選ばれたのは事実であると認め、良い部分に目を向けるのが普遍主義です。他者のなかに人間性を見いだそうとする姿勢が必要です。
企業の目的は善行である
──日本の経営者、企業に求められる姿勢とはどのようなものでしょう。ガブリエル:自社の企業文化や製品やサプライチェーンの倫理性を確認し、向上させる。そしてアメリカの倫理的行動や製品を見つけ、取引をこれまで以上に増やすことです。イーロン・マスクは気に食わなくても、彼の手がける衛星通信サービス「スターリンク」には協力する、といった具合に。
先ほどのカジノの例えでいえば、たくさんのテーブルに足を運び、賭けに参加する。自らの羅針盤を見失わず、たとえ胴元が汚い手を使っても自らを貶めるようなマネをしないこと。倫理的なチップの使い方をすれば勝率は高まる。企業の目的は善行であると信じ、善行をやめない。それが倫理資本主義です。
私は企業が最高哲学責任者(CPO)を置くことを提唱しています。哲学者は「倫理のメガネ」を通して歴史や目の前の現実を見て、ほかの人々が気づかないパターンを見いだします。「倫理的行動は経済的に報われる」という昔ながらの考え方は、日本の経済的成功の原動力であった仏教の教えでもあります。
ドイツと日本は世界経済において第3位と4位の座を争ってきましたが、(23年の名目GDPで)ドイツが逆転した一因は、「価値」を重んじる倫理的優位性にあるのかもしれません。
ドイツ政府はウクライナ問題やエネルギー問題で倫理的立場を明確にすることを迫られました。政治的混乱もありましたが、経済的に見ればうまくいっています。倫理的判断は経済的現実に直結します。
日本が直面している政治危機は、明らかに倫理的危機です。岸田政権が退陣に追い込まれた原因は腐敗でした。特にジェンダー平等の観点では非常に問題があります。そういった意味で、日本も倫理観のアップデートが必要だと考えています。
マルクス・ガブリエル◎1980年、ドイツ生まれ。ドイツ史上最年少の29歳でボン大学教授に就任。提唱した「新しい実在論」が世界的に注目され、「哲学界のロックスター」と称されるように。著書『なぜ世界は存在しないのか』は世界中で翻訳され、日本でも2013年に発売、ベストセラーとなった。


