「都会で育児と仕事を両立するのは、ひとり親には特にハードルが高い。親子で過ごす時間や習い事など、何かしらを諦めなければならないからです。ひとり親であっても、引け目を感じることなく子育てをしたいという切実な思いがあるのです」
きめ細やかな支援で淡路島への移住を後押しする一方で、パソナは地元の女性にも目を向けている。島にはこれまで事務系の仕事が少なく、女性が働ける場が限られていた。パソナが移転すると、デスクワークを希望する地元女性が続々と応募してきたという。前出の金澤が説明する。
「なかにはパソコンを触ったこともないという人もいますが、スキルは研修で身につけることができるので積極的に採用しています。こうした事例を増やし、地域社会に雇用を生み出し続けていきたい」
安心して働ける環境の整備が先決
パソナの淡路島移転の目的のひとつは、新たな産業を創出し、企業として活路を切り開くこと。島で注力するのは多彩な地方創生事業だ。グループ会社のひとつであるパソナ農援隊は、島内で循環型農業を実践するほか、大学や研究機関との共創でバイオマス発電などの事業展開も計画している。同社の取締役常務執行役員の神智実は「最先端の農業に触れられる場所に育てると同時に、農業人口を増やしていきたい」と意気込む。
ほかにも、レストランからアニメパークまで、パソナは島内で20施設以上を運営し、多くの雇用を生み出している。この「淡路島モデル」は、一極集中や過疎化など日本社会が抱える課題の解消につながるとして、企業や自治体の視察が相次いでいる。
「多様な職種の仕事があるので、多様なバックグラウンドをもつ人が、それぞれの強みを生かして活躍できる。今後もダイバーシティに対応するための仕組みづくりを積極的に進めていきます。すべての社員が安心して働き、心豊かな生き方を実現するには、先行投資が欠かせません」(金澤)
安心して働く。この言葉を、金澤も大日向も何度も口にした。そしてこうも話す。「安心して働ける環境があれば、各人がポテンシャルを発揮できる。企業の利益は、社員が安心して働ける環境を整えた先についてくるはず」と。
組織カルチャーという“土壌”を耕し、制度整備や雇用創出という“種”を積極的にまき、時間と資金を投じて育てる。結果、実り豊かなファーム(組織)ができあがり、次世代の多様性へとつながっていく。パソナが育む多様性の循環の輪は今、大きな広がりを見せようとしている。
パソナグループ◎1976年、創業者の南部靖之が日本初の人材派遣会社テンポラリーセンターを設立。保育、介護、物流など幅広い分野に進出し、2007年に株式移転によりパソナグループを設立、東証1部上場(現在プライム市場に移行)。連結子会社69社、持分法適用会社5社からなるグループの従業員数は2万5000人を数える。