資生堂が経営するイノベーティヴ イタリアンレストラン「FARO」のシェフパティシエを務める加藤峰子氏の仕事の様子だ。この作業が何を意味するのかは、少しあとに種明かしをしよう。
加藤は、2024年3月に発表された「アジアのベストレストラン50」でベスト・ペイストリー・シェフ賞を受賞した。22年には「ゴ・エ・ミヨ」でベスト・パティシエ賞も受賞。ガストロノミービーガンコースも提供する環境負荷に配慮した銀座のレストラン「ファロ」で、そのデザートすべてを担当している。
しかし、そのデザートもビーガンなのかと言えば、厳密にはそうではない。特定の牛乳と蜂蜜以外はプラントベースの食材を使用している。糖に関しても精糖に牛骨を使用する上白糖は使用しないなど細かくこだわっている。
「ピエール・エルメ氏と対談した時に、『君のお菓子はベジタルなんだね』と言われ、すごく腑に落ちまして、それからはこの言葉を使わせてもらっています」と、加藤氏。では、どうして、現在作っているデザートが“ベジタル”へと行き着いたのか? 本題の前にまず、加藤氏のプロフィールに触れておこう。
イタリアから日本へ
外交官の親を持つ加藤氏は、イタリアで学業生活を始めた。8年ほどは家族とともに、両親が他国に赴任しても、教育は一貫して同じ国で受けさせるという親の方針のもと、イタリアで大学まで行き、その後2年間、編集者としてキャリアを積んだ。しかし、何かが違うと感じて会社を辞め、約2カ月間、子供の頃から好きだったお菓子造りに没頭。進む道を決めたのだという。短期講習を受けたあと、いくつもの有名ホテルや個人店、レストランでシェフパティシエとして働きながら、生地、チョコレート、アイスクリーム、砂糖菓子などなど、菓子作りにおいてほぼすべてといえる分野の技術を身に着けた。パティシエを目指して16年がたっていた。
「イタリアのいいところは素材です。フランスのパティシエでもイタリアの素材を使うほどクオリティの高さには定評がある」。そういう加藤氏がからつくり出すお菓子には、果実やナッツなど、素材ありきの美味しさがある。
「現在の多くのパティシエは、計量を重視し、自分では味見をしない人も多いんです。けれど、それでは工業製品的な美味しさしか表現できない。イタリアでは徹底的な計量よりも、果実の個性に合わせた味に微調整するため、徹底的に味見をします。だから、フルーツにちょっとミネラル感が足りないなと思えば、目にみえないほどの塩を加えることもあります」