現在、エイズ(後天性免疫不全症候群)の原因となるヒト免疫不全ウィルス(HIV)の感染者は世界中で推定約3900万人いる。HIVを体内から完全になくす治療薬の開発には巨額が投じられてきたが、その試みはことごとく水泡に帰してきた。
そこへ一石を投じようとしているのが、米テクノロジー大手「インターシステムズ」の創業者兼CEOで、推定資産31億ドルを保有するフィリップ・T(テリー)・レーガン(74)だ。彼は、医師やエンジニア、物理学者、数学者、ウイルス学者など各領域の才能を集めることで科学的ブレイクスルーを起こす“HIV版マンハッタン計画”を夢見ている。
この「レーガン研究所」よりも資源をもつ研究機関が、“HIVワクチン”の開発に何十年も費やし、失敗してきた。それでもレーガンは、「ほとんどの実験が失敗に終わるのは当たり前」とひるむ様子がない。あえてリスクを取り、大手企業が躊躇しがちな、初期段階の研究に重点を置く予定だという。
レーガンが楽観的なのは、長期的なアプローチに慣れているからだ。実際、彼はプロのミュージシャンになる夢をあきらめた後、インターシステムズを立ち上げ、45年もの歳月をかけて育ててきた。
レーガンが自分の使命を確信したのは、2007年に南アフリカの病院を訪れ、瀕死の患者を前に無力感を覚えた時のことだ。「彼女に死が訪れるのを座って見ているしかなかった」と彼は語る。
HIVは変異が激しいため、ワクチンを開発するのが難しい。そこでレーガン研究所では、HIVに感染しても無症状の患者に注目した。彼らの体内には、ウイルスを攻撃して殺す特殊なT細胞が存在する。この現象を模倣することで、「機能的治療」が可能になると考えているのだ。25年には、T細胞をもとにしたワクチンの第1相臨床試験を始めるという。
成功するかどうかは誰にもわからない。レーガンが存命中にHIVの治療薬は開発されるのか──。
そう尋ねると、彼はこう即答した。「イエス」
テリー・レーガン◎米テクノロジー大手「インターシステムズ」の創業者兼CEO。1972年に米マサチューセッツ工科大学(MIT)を卒業すると、プロミュージシャンを目指して英ロンドンへ渡ったが挫折。医療電子カルテ開発企業で働いたのち、78年にインターシステムズの前身となる会社を立ち上げた。慈善家としても活躍している。