米国の医療クリニック市場はいま、ゴールドラッシュの狂騒に沸く。
「安い」「早い」「近い」ファストフード型の新医療スタイル「アージェント・ケア・クリニック」が、費用とアクセスのハードルを上げることで医療費を抑えようとしてきた米国医療界に、大きな風穴をあけようとしている。
(中略)
病める米国医療への処方箋
アージェント・ケア・クリニックのビジネスモデルは、その誕生から常に祝福されてきたわけではない。黎明期だった1980 年代、健康保険を提供する多くの保険会社にとって、この“ 早くて近い”「ファストフード型医療」は、医療費の増大を引き起こすのではと懸念されていた。
保険会社をはじめとした、医療費の支払いを担う第三者組織の支持を得ることができず、当時、アージェント・ケア・チェーンにつながる多くの事業が、立ち上がっては消えたのだ。
逆境のなかでアーウィンは、新規クリニックの開設を年に1つか2つにとどめ、ごく小さく堅調に成長するという戦略をとった。ほかの医療機関とくらべて、アージェント・ケアでの医療費は圧倒的に低い。このことをゆっくりと証明しながら展開することで、難局を乗り切ったのだ。(実際、アージェント・ケアの平均医療費は200ドル以下。総合病院や救急外来の2割程度だ。)
2007年、アメリカン・ファミリー・ケアは、たった17のクリニックで年間5,000万ドルを売り上げ、創業25周年を迎えた。アーウィンの小さいながら収益力のあるチェーンは、M&Aによる大規模展開をもくろむプライベート・エクイティを魅了した。数社とかなり踏み込んだ交渉まで行ったが、結果的にアーウィンはすべてのオファーを断る。自分の会社が規模を拡大したときにどれだけの価値をもつか、あらためて気づいたからだ。
大きな負債もなく実績のあるビジネスモデルをひっさげ、アーウィンはアトランタやナッシュビルといった新市場へ急展開をはじめた。元手は、自社の豊かなキャッシュフローだ。
この5 年間で、アメリカン・ファミリー・ケアは、直営とフランチャイズを合わせて128店舗にまで成長、売り上げも2億ドルへと膨らんだ。今年中に、さらに16のクリニックをオープンさせる予定だ。
アーウィンの元には、いまでも週に何件もの買収提案が届く。提示される買収額は約4億ドル。これは、2009年にオファーされた額の5倍である。
現在、アメリカン・ファミリー・ケアの患者の約20%は、経過観察の必要な慢性疾患患者だという。彼らのなかには、かかりつけ医との予約まで待てなかった人もいれば、かかりつけ医をもたない人もいる。ともあれ、なにより注目すべきことは、同社の患者の75%がリピーターだということだ。「良質のヘルスケアを、ファストフードのように気軽に受けられるようにできない理由なんてありますか?」とアーウィンは問いかける。
スターバックスやマクドナルドと同じくらい、効率的で高収益な医療システムをつくりあげることができたなら―アーウィン医師が処方したアージェント・ケアという薬は、米国の病めるヘルスケア・システムの特効薬となるのかもしれない。