米国のジョー・バイデン大統領は1月、自由貿易協定(FTA)を結んでいない国に対するLNGの新規輸出許可を一時停止する大統領令を出した。この決定は環境保護主義者をなだめ、今年の大統領選挙で支持を得るための政治的策略と見なされ、業界関係者や政治家の怒りを買っている。
メキシコがLNG輸出を目指す中、同国では9件のLNG輸出プロジェクトが進行中だ。だが、これらのプロジェクトの多くが米国のガス田から供給された天然ガスを加工して出荷するものであるため、同大統領令によって覆される可能性があるのだ。
米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)により、メキシコは部分的に保護されているため、米大統領令によるLNG輸出の一時停止の影響はすぐには現れないだろう。とはいえ、米エネルギー省がLNG輸出プロジェクトは新たに定義された「公益」の基準を満たさないと判断する可能性がある以上、バイデン大統領による一時停止措置は、2国間のLNGを巡る共同事業開発計画に水を差すことになるかもしれない。もしそうなれば投資家は動揺し、メキシコは暗礁に乗り上げた資産を抱えることになり、LNG分野で存在感を増しつつある同国の重要性は著しく低下するだろう。これはメキシコにとって望ましいことではない。世界のLNG市場では、できるだけ多くの信頼できる供給者が求められているからだ。
ここで地政学が、地理経済学や貿易学、開発学と同様に役に立つ。ロシアが輸出市場で自国産天然ガスを武器として利用したことが、これを証明している。もし米国からのLNG供給がなかったら、ロシアがウクライナに侵攻を開始して以降、欧州は電力や暖房を賄うために石炭への依存を高めなければならなかっただろう。LNGは石炭に比べて二酸化炭素排出量が少ないため、上記のシナリオでは二酸化炭素や硫黄酸化物の排出量が増加し、欧州の気候変動対策に悪影響を与えることになる。