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2024.02.02 12:00

小説界の新たな才能がミステリに挑んだ日本社会に光を照射する『チワワ・シンドローム』

ジェンダー文学の担い手と目される作者の顔は、例えば主人公の琴美が会社の休憩室で目撃する先輩社員の口論のシーンからも窺える。男社会における苦労を力説する女性と、それに相槌をうちながらも「でも、実は男だって大変」と逆襲の隙を狙う男性のやりとりである。

しかし、弱さ自慢で相手のマウントを取り合う男女の言い争いから垣間見えるのは、性差の問題だけではない。いまの世の中で優位にあるのは「強さ」ではなく、「弱さ」だという時代の空気なのである。

街中を散歩するチワワと大型犬のさりげないエピソードや、ワイドショーのコメンテイターである社会学者のもっともらしい発言を通して、炎上や告発のリスクから自分を守るため「弱さ」を打ち出すことが、現代人にとっての自己防衛手段になりつつあると作者は説いていく。

そのことを悟った主人公の琴美は、しかし同時に違和感も抱く。面接で若者たちが明け透けに語る自分の「傷」について、モヤモヤしたものを感じると、「弱さ」至上主義の気味悪さに背中を押されるように、「チワワテロ」の真相究明にのめりこんでいくのである。

暴力に走らない謎解きの物語


このように本作は、か弱い存在に暖かな目を向けながら、そのやさしさの危うさも指摘する2020年の作品『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』のアンサーソングでもある。しかし興味をそそられるのは、今回、SNSなどを通じて作者自らが本作を「ミステリ」だと喧伝していることだろう。

ジャンル小説との関連でいえば、すでに恋愛小説に挑んだ『きみだからさびしい』が成功しているが、驚かされるのは、一見他愛ない愉快犯のいたずらにも見える事件を俎上にあげ、あくまでこの作者らしい世界観と方法論で、暴力に走らない謎解きの物語をきちんと成立させていることである。

まず、世間を騒がせる「チワワテロ」をめぐり「何が起きているのか?」というWhatの大きな謎があって、やがてそれは Who(犯人?)やWhy(動機?)といった謎解きに引き継がれていく。それと並行し、事件と密接に関わるMAIZU(マイズ)という謎のYouTuberの不気味な存在も、サスペンスを盛り上げるのにひと役買っている。

作者は、少し前のインタビューで面白かった小説を問われ、ミステリの『六人の嘘つきな大学生』や『教室が、ひとりになるまで』の浅倉秋成(あさくら・あきなり)の名を挙げていたが、従前から興味のアンテナが、この方面にも向いていたことは間違いないだろう。

一緒に暮らしてみると判るが、チワワはその見た目の愛くるしさとは裏腹に、気の強さを発揮し、戦う姿勢をむき出しにする個体も多い。本作のヒロインもまた、「チワワテロ」の渦中で、見せかけの順風満帆から抜け出すと、どこに隠していたのかと思えるほどの芯の強さと行動力を発揮する。大切なことは、弱さにただ寄り添うことではない。そう悟った琴美は、強い弱いの単純な価値観よりも、もっと大事なものを見出していく。

自分ばかりか周囲をも時代の呪縛から解き放っていくヒロインの変貌が眩しい。いまの日本社会に光を投げかける成長の物語ともいえるだろう。

文=三橋 曉

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