「急成長」はスタートアップの専売特許ではなかった
伊藤が最も衝撃を受けたのは「ファームリンク・プロジェクト」という非営利団体だった。今回のGoalkeepersのアワードにて、キャンペーン賞を受賞している。ファームリンクの創業は20年。コロナ禍でキャンパスが閉鎖される中、学生ボランティアたちによって立ち上げられた。人々が飢えている間に、おいしい食べ物が捨てられているのはおかしい──余剰食料のある農場とフード バンクを結び付け、食料廃棄を最小限に抑え、最も困っている人々を支援。食料不安と食品廃棄の同時解決に取り組む。
伊藤を驚かせたのは、その成長速度であった。学生による創業からわずか2年で、年間100億円規模のプロジェクトに成長している。その予算総額の92.3%が食料による寄付だ。全米の農場とフードバンクをつなぎ合わせるために、運送会社と運送貨物のマッチングサービス「Uber Freight」や大手レストラン・スーパーマーケットチェーンを巻き込み、600人以上の学生フェローと6000人以上のボランティアのネットワークをフル活用する。結果、これまでに、飢餓に直面している地域に5800トン以上の食料を供給してきた。まさに、次世代が生んだ社会的ムーブメント。この実績が評価され、今回のキャンペーン賞の受賞となった。
「急成長できることこそ、スタートアップが世界を変えられる最大の理由だと思っています。だから、僕たちはスタートアップをやっています。一方、ファームリンクはNPOですが、僕ら以上に急成長している。彼らが持つモメンタムと、追求しているスケーラビリティをみて、スタートアップとNPOの違いが、もう何か分からなくなって。まさに、カルチャーショックでした」
受賞者の控室で、ファームリンク創業者の3名と対話する機会を得た伊藤は、その疑問を彼らに直接伝えた。「日本には同じ課題に取り組む営利のスタートアップがある。ファームリンクは今後スタートアップして、ビジネスとしてのスケールを狙わないのか」と問うと、彼らの答えは「NO」。即答だった。非営利の方が、社会から資金も協力も調達しやすく、今のところ急成長も実現できているからだ。彼らが非営利のまま、次はグローバル展開するというビジョンを語る姿に、伊藤は「起業家の格好良さ」を感じたという。
「深刻な社会課題の解決に取り組むファームリンクの創業者たちですが、気負いすぎず、とてもさわやか。それでいて、自分たちの実績と挑戦に、自信と自負を持っている。僕が起業した時に憧れていた、スタートアップの起業家たちと全く同じでしたね」