「私たちは酒造会社ではありません。発酵というバイオテックで、明るい未来をつくる企業です」
シャンパンの本場・フランスで販売をスタートし、パリのトップソムリエや映画俳優などに絶賛されたスパークリング日本酒「SHIROKIMONO(シロキモノ)」。現時点で“オルタナティブ・シャンパン”の地位を狙うことができる、初の日本酒である。
米農家を苦境から救い
経済を底上げする発酵の力
SHIROKIMONOを生み出したのは、バイオテクノロジーとアートで「世界をHAKKOさせる」をコンセプトとするスタートアップ「希JAPAN」だ。同社代表取締役を務めるのは、フードテック界のシリアルアントレプレナーとして知られる白井良(以下、白井)。彼はなぜ、同社の第1弾プロジェクトとして「日本酒(SAKE プロジェクト)」を選んだのだろうか。「2022年のフランス・シャンパーニュ委員会(CIVC)発表の実績では、日本は世界で3番目のシャンパン輸出市場です。私ももともとシャンパン好きでした。
しかし、途方もない量のシャンパンを、フランスから輸入している一方で、日本酒の原料となる米は、国内市場で大量に余っており、農家を苦境に立たせ、地域経済の崩壊につながっています。
この不均衡をどうにか正せないだろうか。そう考えたときにひらめいたのが、“米でシャンパンをつくる”ことでした。
余っている米を使用することで、米農家というミクロから経済を活性化し、経済の不均衡を是正できるのではないか。ひいてはそこから子どもたちの教育や食育につながり、DVや虐待減少にも貢献できるのではないかと考えたのです」
白井が着目したのは、日本が長い歴史で生み出してきた日本酒醸造技術だった。
「日本人として生まれた以上は、日本の文化や伝統を世界に広めていくべきだと思っています。なかでも日本酒醸造技術は日本特有の発酵文化であり、生物多様性とも関連する、世界に誇れるバイオテクノロジーです。この技術を世界に広めていくことに、大きな可能性を感じました」
目指すは、1兆円産業であるシャンパンの、オルタナティブとなる日本酒づくり。では白井は、具体的にどのような挑戦を始めたのだろうか。
日本酒量産の壁を超える
ファブレス方式とテクノロジー
「日本酒の醸造は、小規模の酒蔵で杜氏がつくる。ただこうした単独の酒蔵をベースとした伝統的製法では、世界にスケールするための生産量は確保できません」そこで白井が考えたのが、自社で蔵をもたない「ファブレス方式(醸造所なき酒造)」だ。醸造家がレシピをつくり、それをデジタル化した製造工程を備えた日本全国複数の酒蔵で生産していく。
「例えば10万本×100カ所=1,000万本で生産すれば、日本酒で世界を舞台としたスケーラビリティを実現する、はじめての事例になるのです」
ただ当然のことながら、日本酒の味と品質を各酒蔵で統一するのは、たやすいことではない。安定的に大量生産するためには秘策が必要だった。
「そのためには、製造工程のデジタル化が不可欠でした。どの蔵でつくっても同じ酒質になる研究を、日本最大級の公的研究機関である産業技術総合研究所(産総研/茨城県つくば市)と共同で進めています。
DXの中心となるのが、『デジタルタン(化学舌)』という特許技術です。日本酒やシャンパンの味覚を分子レベルで分析し、データをもとに調合することで、米による日本酒をシャンパンの味わいに近づけていくことができるのです。
現在は実際のシャンパンや日本酒銘柄のサンプリング・データをためているフェーズです」
テクノロジー×アートが未来価値を生み出す
日本酒業界初となる世界規模でのスケーラビリティを、テクノロジーを駆使した革新的醸造方式で実現する。その驚くべき発想力の芯にはアートがあると白井は言う。白井は自身も油絵を描き音楽をつくる、根っからのアーティストなのだ。起業を始めたのは、そうしたアート思考も相まって、次世代のより良い環境を生み出したいという思いからだったという。
26歳で中国・深センで空気を浄化する光触媒技術で起業、米国で手がけた代替肉事業は上場するまでに成長させた。バイアウトは現在までに3回。シリアルアントレプレナーとして申し分ない成功を収め、すべてが順風満帆のように思える。
ところが白井は、ジェットコースターのような起業家人生を繰り返したことによって、希JAPAN設立前は鬱状態に陥っていたという。
「一時はベッドから動けなくなるほどでした。何とかしなければと思い、健康のために腸内フローラ(細菌叢)を学びました。すると善玉菌と悪玉菌、日和見菌で構成される腸内環境が心身に影響(腸内相関)しているとわかりました。腸内細菌のバランスにより、良い方向にも、悪い方向にも転ぶことに大いに興味を覚えました。
発酵すれば良いものが生まれ、腐敗すれば悪いものが生まれる微生物の働き、さらには社会もまた同じ構造のように思えました。
だとしたら腸内環境を、善玉菌優位にして健康を目指すように、自分もまた社会を良い方向に変化させる善玉菌のような存在になりたいと思ったのです」
白井の心身に再び力がみなぎり始めたのは、そうした考えに至ることができたからだと白井は振り返る。こうして、日本から未来価値(希望)をつくり出し世界に発信する「希JAPAN」は始動した。
打ち立てたビジョンは“世界をHAKKOさせる”だ。その志に共鳴し、醸造家、アーティスト、アメリカ生まれの杜氏、農学博士、元バンカーなどの異色の顔ぶれが集まった。
「皆、発酵は生命が織りなすハーモニーであり、世界をより良くするアートだと確信しているクリエイティブな仲間です。ですから、ここから生み出されたSHIROKIMONOはアート作品でもあるのです」
今後、SHIROKIMONOは、小説化プロジェクトや、世界的なアーティストとのコラボデザイン、ファッションブランドとの提携などを進めていくという。日本の発酵文化が生み出す世界観を、広くグローバルに展開していくと白井は前を向く。
持続可能な未来のために
最後に白井に今後の展望を聞いた。「希JAPANの独自のバイオテクノロジーで、完全循環型を実現した村をつくり、2050年までにはそのパッケージを地球外にもち出せるかたちに進化させたいと本気で考えています。もしかしたら、そのソリューションが人類の持続可能性を確保できる唯一の手段になるかもしれませんから」
希JAPAN
https://www.shirokimono.jp/
しらい・りょう◎シリアル アントレプレナー、アーティスト。1980年、新潟県に生まれる。中国、米国などで起業を経験し、2022年に「希JAPAN」設立、代表取締役に就任。