筆者は2022年8月から1年間のスタンフォード大学での滞在時、30年以上にわたり日米のイノベーションを見続けてきたリチャード・ダッシャー特任教授に会う機会に恵まれ、話を聞いた。
──ご経歴について教えてください。
スタンフォード大学で博士号を取得した後、1993年にアジア・米国技術経営研究センター(当時は米日技術経営研究センター)に着任していまに至ります。当時は、日本の半導体が全盛期で、スタンフォードやシリコンバレーに日本の最先端のテクノロジーや経営手法を伝える役割を担っていました。
その後シリコンバレーでスタートアップが次々誕生し、スタートアップを支える技法も発展しました。例えば、「リーンスタートアップ」や「アジャイル開発」といった概念・技法です。これらを日本を含むアジア諸国に伝える役割を担いました。
──ダッシャー教授は30年以上スタンフォードの歴史を見てきました。スタンフォード大学から社会をリードする人材が生まれる理由は何でしょうか?
スタンフォードは昔から実用的な学びを提供しています。大学の設立者であるリーランド・スタンフォード氏が「スタンフォード大学はカリフォルニアの経済に寄与する人材を輩出するために設立する」と掲げていたことが大きく影響しています。
ヒューレット・パッカード(HP)など、卒業生が立ち上げ成功した企業が数多くあります。授業のフィールドトリップでHPの工場を見学にいくといった交流は昔からありました。
1997年に工学部のSTVP(スタンフォード・テクノロジー・ベンチャープログラム)、1998年に経営大学院のCEP(起業家研究センター)などの起業家育成プログラムがスタートしました。この時期は、スタンフォードとシリコンバレーの企業がともに世界一を目指していました。スタンフォードは工学が強い大学でしたが、最先端の知識や技術を提供し、世界にインパクトを与えることを考えるようになりました。それがスタートアップの発展に貢献しています。
シリコンバレーの中心に位置し、交流が活発なため、大学の文化はシリコンバレーに影響されています。例えば、「めちゃくちゃ働いて少し休む」、「新しいことに挑戦する」といった文化です。
──スタンフォードの起業家育成においては、2000年から2016年にスタンフォード大学の学長であった、ジョン・ヘネシー博士の功績が大きいと聞いています。
彼は電気工学とコンピュータサイエンスの教授でしたが、スタンフォード大学の専任教員になった後に1年間休んで起業をした経験を持っています。現在もアルファベット(Googleの親会社)の取締役会長をしているほど、産業界とのパイプが強い人です。
彼は、スタートアップが大企業になる道筋を知っていて、大学にもそれを応用しました。例えば学長就任直後に、社会課題を研究するための巨額ファンドを10個立ち上げ、そこから、クリーンテックやクライメイトテックなどの源流が誕生しました。
社会が大学に何を求めているかを理解していましたし、学長の強い権限を使って、大学が社会にインパクトを与える仕組みを作りました。彼の学長期間に、イノベーションを体系的に教えるプログラムや、学部横断型プログラムなどが次々と生まれました。